第32話 幼馴染みの本音を聞いてみた件
「よ~しよ~し、和くんよ~しよ~し」
モコモコ寝間着の膝越しからは美月の体温が伝わってくる。
ほんわかと温かく、どこか眠くなる心地さえあるのは美月の声色のせいだろう。
初めて俺の家に来たときと完全に逆パターンだ。
膝の上から美月を見上げるのが小っ恥ずかしかったために目線の所でブランケットを敷くことを選んだものの、むしろぬくもりが協調されて余計に恥ずかしくなり始めたのは言うまでもない。
ブランケットの上から俺の頭を撫でに来る美月の手が妙に柔らかい。
くぴり、くぴりと小さくほろ酔い缶を煽る音だけが静かに聞こえる。
何というか、独特な空間だ。
「まさか美月がこんなにすぐ酔うとはさすがに思ってなかったからな……」
「え~? 酔ってないよ~?」
ほろ酔い……というか程よく出来上がった美月は、普段から2倍増しのワガママを発動していた。
『和くん、おいで~』
『バカ言ってんな、ハンバーガー食べて酒全部空いたらさっさと帰るからな』
ポンポンと自分の膝を示す美月に、俺も一度は断りを入れていた――のだが。
『やだ。和くんは来てって言ったら絶対来てくれるの』
お酒とお風呂で程よく紅潮した頬をぷっくり膨らませて、俺の服の袖をきゅっと握って涙目でこちらを見てくる上に。
『……っとやばい』
俺も先ほど一気に酒を煽ったせいか、急に立ち上がると立ちくらみを起こし。
こてんと美月の隣に転げた結果――。
『ふふ、いらっしゃい~』
そのまま膝の上に寝かされた。
酔いと美月の押しに完全敗北した結果が今である。
「よ~しよ~し」
俺の気も知らないで、美月はのんびりと頭を撫でてくる。
断ってみたもののいざやられてみると悔しいほどに幸せな空間だ。
自分の存在ごと蕩けてしまいそうな甘くて緩いこの雰囲気にずっと浸っていたい。
普通のカップルのように外を自由にデートできるのならば、高校の頃できなかったあれやこれやをたくさんやって二人で笑い合えたらどれほど幸せなことだろう。
だが――。
「なぁ、美月」
「なぁに?」
「日本一になろうぜ、本気で」
このままでは、日本一など夢のまた夢だ。
プロ意識の塊のような佐々岡みちるさんには絶対に勝てない。
俺と美月はまだちゃんと話し合えてはいないのだから。
何のために美月のマネージャーになった。
このままじゃ、ただ美月と堕落していくだけの人間になる。
そしてそれは、美月自身の首をも絞めることになってしまう。
「和くん?」
美月は俺を撫でる手を止めた。
頭の上に被さっていたブランケットを取り外し、美月の真正面に座り直す。
俺はまず、美月に謝った。
「今まで迷惑掛けてきて悪かった。俺はお前のおかげでピアノ弾くのが嫌じゃなくなった。あの時のミニライブのおかげで、俺はまたピアノの楽しさを思い出したんだ。ありがとう」
「……そっか。うれしい!」
驚きながらも何も言わずに俺の礼を受け入れてくれる美月もまた、居住まいを正してくれた。
「その上でもう一回聞きたいことがある」
「ん。いいよ、なんでも答える」
「美月はなんでアイドルになったんだ?」
それは美月が俺の家に来て初めて投げかけたものだった。
当時は良いようにはぐらかされたが、こっちに越してきて1ヶ月半。
美月の頑張りの原点が、情けないながらもようやく見えてきたところだ。
何とも……何とも情けない話だが、俺はそれに向き合わなくてはならない。
ずっと美月に気を使ってもらって、ずっと美月におんぶにだっこだったからこそ――。
「わたしは和くんのピアノが大好きなんだぁ」
ぽつり、美月はにへらとだらしない笑みは崩さずに言ってくれた。
「和くんのピアノに合わせて歌って、踊ってたりしてた中学生の時が最高に幸せでね? あの時は二人だけだったけど、これを皆に見てもらえたらなぁって思ったから……」
美月も俺と同じ思いでいてくれた。
だけど、そこから俺の方が勝手に崩れて行ってしまっていた。
美月がアイドルに行った理由を考えもせずに、独りよがりに勝手に突き進んだ挙げ句、弾けてピアノから逃げ出してしまった。
その間もずっとずっと美月は頑張り続けてくれていたというのに。
「和くんがピアノから離れちゃったって知った時は悲しかったよ。でもね、もし和くんがもう一回ピアノ弾いてくれるってなったとき、わたし以外が和くんの隣にいるのが嫌だったの」
もう一度立ち上がれる保証もなかったし、立ち上がるかも分からなかった状態だ。
それでも美月は信じてくれていた。
「和くんがピアノ弾きたくないって言うままだったらそれでも良かったんだ。和くん、高校の頃ずっと頑張ってたもん。また苦しい思いするくらいなら今のままでいいかなって、思ってた。場を乗り切る音楽だけなら、わたしも耐えられたから」
「耐えられた?」
「和くんは昔も今もわたしだけのものだもん。他の人と楽しそうにピアノ弾いてちゃ、やだ」
あまりにもはっきりとした物言いに、思わず笑ってしまう。
自分の音楽を、自分のことをここまで評価してくれる人が身近にいたのになんであんなに思い込んでいたんだろう、と。
「今んとこ、その予定はないな。俺もやっぱ、美月と一緒に音楽してる時が一番楽しかった。だからこそ、日本の全員に知らしめたい。美月こそが人気も、実力もナンバーワンだって全員に認めさせるくらいに
俺の幼馴染みこそが最高に可愛くて、最高に格好良いアイドルなんだということを証明したい。
そのためには、何としてでも勝たなくてはいけない相手がいる。
「また苦しくなるかも。和くんが苦しんでる姿見るくらいなら、わたし別に望まないよ。だってみちるさん、すっごく強いもん。今回も勝てなかったもん」
発売から一ヶ月が経ち、「TRUE MIRAGE」6thシングル「千の剣で斬り裂くように」は27万枚を売り上げた。
だがそれ以上にみちるさんの個人シングル「
これまで僅差の戦いを演じていたが、みちるさんがここに来て売上げと人気を急激に伸ばしてきたことによってアイドル界のパワーバランスが一気に変化し始めてきたのが現状だ。
「俺が勝たせる。美月と、TRUE MIRAGEを」
だからこそ、これ以上引き離されるわけにはいかない。
「無理矢理勝たされるんじゃない。俺が勝ちたいから勝ちに行くんだよ。だから美月。お前の日本一を、全力で応援させてくれ。俺は、お前の日本一に見合った曲を創って全力で弾ききりたい」
美月には日本一になるだけのポテンシャルがある。
美月は俺なんかに気を遣って立ち止まっていいような奴じゃない。
使えるものなら何だって使ってほしいし、そのための手段なら惜しみなく提供する。
「……わたしね、満員の武道館で和くんの創った曲をおもっきし歌いたい」
それは初めて美月が心の底から願っていたことを口に出してくれた瞬間だった。
「約束する。絶対に実現させる」
「もうピアノ弾くの、嫌になっちゃったりしない?」
美月の瞳が少しだけ潤んでいた。
今まで我慢させてきてしまったからこそ、俺ははっきりと明言した。
「ならない。美月のために弾く音楽なら、嫌なことなんて少しもない」
美月はぽすんと俺の胸に頭を寄せた。
「じゃ、わたし頑張る。もっと頑張る。すっごくすっごく頑張る」
「……気負いすぎるのはやめてくれな」
苦笑いをしながら頭をポンポンと撫でてやると、美月は「むっ」と訴えかけるように俺の目を見つめた。
「どの口が言うの」
……あまりの正論に、俺は返す言葉もなかったのだった。
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