体力測定
弱腰ペンギン
体力測定
「うぬぁ!」
ボールを遠くまで飛ばす。たったそれだけのことが難しい。
測定結果を先生が『5メートル』と伝える。
男子で10を切ったのは僕だけだ。
先生が『鍛えなきゃなー』とか言って肩を叩いてくるけど、余計なお世話だよ。
確かに高校生で5メートルはやばいかもしれない。いや、やばいな。
でも関係ないでしょ。体力なきゃいけないーとか、そういうの。
そう思っていたんだけど。
「うりゃぁー!」
隣の女子が50メートルくらい飛ばしていた。
……さすがに鍛えようかなって思った。なので。
「ふんぬぅ!」
その日から一人で筋トレ生活が始まった。
最初からきついトレーニングは挫折する自信があったので、少しずつ強度を上げていった。
まずは3分間のサーキットトレーニング。動画サイトとか本とかでよさそうなのを選んで体力をつけることにした。
当然最初は3分もたないんだけどそれでいい。
一週間続けてみて行けそうだったらもう一週間。ダメそうなら少し強度を落として3分間が出来るようにする。
3分間が出来るようになったら一日3セットを目標に。
時間を決めておいた方がさぼりにくいので、学校から帰って1時間以内と決めておいた。
その都合上、朝昼晩と分けることはできず、帰宅後に3セットすることになることに気が付いたのは一週間後だったけど。
3セットのサーキットトレーニングに余裕が出るようになったのは、筋トレ初めて2か月後だった。
遅いのかどうかわからないけど、着実に体力はついている……と思う。
いやわかんないよ。正直。次の測定は来年だし。不安しかないよ。でもここまで続けられたのでもう少しやってみようと思う。ということでトレーニングを追加した。
4か月、半年、10か月と順調に続けていった。トレーニングの時間はあまり増やしていない。30分くらいで終わる程度にとどめてある。
ただ、回数と質が高くなるように勉強して続けている。
最近、割れてきた腹筋が、いい感じだ。
サーキットトレーニングを始めたころは二の腕はプルプルだし、痩せて筋力とは無縁の生活だった。今は筋トレのおかげか、重いものも簡単に持てるようになったし、登下校でも疲れるということが無くなった。
電車にのって駅から学校までは歩きだったけど、今は自転車で通学している。
電車待ち等の時間が無くなり、朝に余裕が出来た。
移動時間はちょっと増えてしまうけど、トータルでの通学時間はだいぶ減った。
特に、定期券が無くなったのは大きい。
その分、ダンベルなどの機器を購入してもらったりもした。
ジム通いでもしようかと思ったが、それはさすがやめておいた。俺は、そこまでガチじゃないからな。
鏡を見て腹筋を確かめる。ようやく浮き出てきたシックスパックが写った。
カットが、もう少し入るといいなぁ。
「ふんぬぁ!」
そして、待望の体力測定の日。少しずつ変わっていく俺に、みんなが驚いていたが、この日さらに驚くことになるだろう。
なぜなら、このボールは天高く、雲を突き抜けんばかりに飛んでいき……え。
「10メートル」
うそ、だろ?
俺は今日の日のために体を鍛えたんだ。ダンベルだって最大重量は80まで到達したよ。
ちなみにトレーニングのためにはもっと軽めのもので鍛えています!
腹筋は6つに割れ、20キロを走ることだってできるようになった。
だのに、なぜ10メートルなんだ。俺の筋肉は飾りなのか!?
「……ねぇ。カズ」
去年俺の横で50メートルくらい飛ばしていた女子がそばにやってきた。
今年同じクラスになって、隣の席にもなった。
今日はまた50メートルくらい飛ばしていた。
「……なんだ、このみ」
「筋トレは、無駄じゃなかったと思うの」
「去年の倍になってるからか?」
「ううん。そういうことではなく」
「じゃあどういうことだよ!」
俺の筋肉は、俺に答えてくれなかったぞ!
「たぶんね。ボールを投げる筋力、つけてなかったんだと思うの」
「……っは!」
俺の脳裏に、電流が走ったような気がした。
「た、確かに」
そうだ。俺はボールを投げる筋力、投げ筋にアプローチをしていなかった。
そりゃぁ、振られるに決まっている。当たり前のことだ。
他の筋肉ばかりかわいがっていたら、すねてしまうだろう。そんなことにも気が付かなかったなんて、トレーニー失格だな。
「……たぶん勘違いしていると思うけど、体の使い方って話でね?」
「俺は、ボールを投げる筋力をつけなきゃいけなかったんだな!」
「あ、やっぱり勘違いして——」
「よし、来年は100メートル投げられるように、今から鍛えに行かなければ!」
善は急げだ!
「っちょ、そういうことじゃないってば。聞いてる!?」
待っていろよ投げ筋。今日からかわいがってやるからな!
「フハハハハハ!」
「……ダメだこりゃ」
体力測定 弱腰ペンギン @kuwentorow
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