4話 エンディング


 それからしばらく経って――


「……そういえば、ここでスイーツコンテストがあったんだっけか」


 アルドは、旅の途中でエルジオンの大通りに差し掛かったところで、ふと足を止めた。


 コンテストのときの、エミリーがケーキ作りに奮闘する姿が目に浮かぶようだった。


(あのときは、オレでも、多少はエミリーの役に立てたのかな)


 そうだったのなら嬉しい。


 それに、コンテストで優勝したエミリーは、無事にラヴィアンローズのパティシエールへの道が拓けたのだろうか。


 少しでもそのお手伝いができていたらいい――アルドがそう思って、また歩き出そうとしたそのときだった。


「アルドさ―――んっ! アルドさんですよね!?」


 大通りの先から、見知った女性が大きく手を振りながら駆け寄ってきたのだ。


 白いコック帽に白いエプロンをした姿は、間違いなくスイーツコンテストでパートナーを組んだエミリーその人だった。


 アルドは、驚きながらも嬉しそうに片手を振り返す。


「エミリー! 久しぶりだな! ちょうどあんたのことを考えてたんだ。あのスイーツコンテストで優勝したあと、どうしたかなって気になって」


 後ろ頭を掻きながら言うと、アルドの目の前まで走ってきたエミリーは、息を切らしながら弾けるような笑顔をアルドに向けた。


「お久しぶりです、アルドさん。コンテストのあと、なかなかアルドさんとお会いできなくて、ご報告が遅れて申しわけなかったのですが――……、私、無事にラヴィアンローズのパティシエールになれたんですっ!」


 自分のラヴィアンローズのパティシエールの格好を見せるように、エミリーはその場でくるりと回ってみせる。


 首もとにつけられた鮮やかな赤いスカーフが、ラヴィアンローズの制服を表すものなのかもしれない。


 エミリーの嬉しそうな様子に、アルドはぱちぱちぱちと両手を叩いた。


「そうか、よかったな! エミリーの夢が叶ってなによりだよ。オレにとっては、それが一番嬉しいことだからさ」


「重ね重ねありがとうございます、アルドさん。あのあと、怪我をしてしまった相方も無事に復帰しまして、いまはラヴィアンローズで一緒に働いているんです。こんなになにもかも上手くいったのも、アルドさんのおかげです。本当に、ありがとうございます」


 エミリーが深々と頭を下げて、アルドは首を左右に振った。


「いや、オレの力なんて微々たるもので、やっぱりエミリーが頑張ったからこその成功だと思うよ。これから、エルジオンのみんなにおいしいケーキを届けてくれよな」


「はい……!」


 エミリーは、また涙ぐみながら泣き笑いの顔で言う。


 そうして、おもむろにごそごそとエプロンのポケットをあさり始めた。


 アルドが首をかしげていると、エミリーは、ポケットから可愛いピンク色のリボンで飾られたお菓子を取り出す。それをアルドに両手で差し出した。


「アルドさん、お礼と言ってはなんなのですが、これ、私が考案したラヴィアンローズの新作クッキーです。よかったら貰っていただけますか?」


「え、いいのか? すごくおいしそうだな」


 エミリーの差し出してくれたクッキーは、おそらくドデカボチャを練りこんだ生地を、かぼちゃ型に焼き上げたものだった。


 見た目の可愛さもさることながら、きっと味もおいしいのだろう。


「ぜひアルドさんに貰っていただけたら嬉しいです! それで、よかったらまた感想を聞かせてくださいね!」


 エミリーが言って、アルドは、ええっ、と大きく後ろにのけ反る。


「い、いや、エミリーにお菓子の感想を言えるほど、オレはお菓子に詳しくないぞ。そういうのは、甘いものが好きそうな女の人に聞いたほうがいいんじゃないか……?」


 アルドが生真面目に答えると、エミリーはころころと可愛らしく笑った。


「ふふふ、違いますよ、アルドさんって鈍感ですねっ。感想を聞かせてほしいっていうのは、私がアルドさんにまた会う口実です! アルドさんに、そのクッキーに込めた私の気持ちが伝わると嬉しいですっ」


「え、えっ!?」


 やはりエミリーの気持ちがよくわかっていないアルドは、わけがわからないというふうにおろおろする。


 そんなアルドを優しく見つめながら、エミリーはアルドに向かって頭を下げた。


「それではアルドさん、そろそろ休憩時間が終わるので、私はラヴィアンローズに戻ります。今度は、ぜひお店に食べに来てくださいね! 待ってます!」


「ああ! ぜひうかがわせてもらうよ。元気でな、エミリー!」


「はい!」


 エミリーは満面の笑顔でアルドに手を振りながら、その場を去っていく。


 残されたアルドは、彼女にもらったクッキーを見ながら、口もとをほころばせた。


「エミリー、上手くいったみたいでよかったな。このクッキー、オレひとりで食べるにはもったいないから――……そうだ、イスカを誘おうかな。イスカなら、このクッキーによく合う紅茶を教えてくれるかもしれないからな」


 そうしよう、とアルドはIDAスクールに向けて歩き出す。


 ちょっとだけ自分もお菓子に詳しくなれたかな――。


 アルドはそう思いながら、青い空の広がるエルジオンを駆け抜けていった。



おわり

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スイーツコンテスト参加依頼 山崎つかさ @yamazakitsukasa

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