スイーツコンテスト参加依頼

山崎つかさ@書籍化&コミカライズ

1話 オープニング

 AD1100年の未来の時代――。


 旅の途中で曙光都市エルジオンに立ち寄ったアルドは、情報端末や電子看板、空中を走るバイクなどの、いかにも近未来の機械に囲まれた街並みを歩きながら、ぼんやりと周囲を眺めていた。


「……ふう、いつ来ても未来は変わったものが多いな」


 自分が暮らしていたAD300年とは、なにもかもが違っている。


 自分の時代の未来がこのエルジオンの姿になるのだと思うと、アルドは実感がわかないような、なんだか不思議な気持ちになるのだった。


「困った……、困ったわ……」


 そのとき、エルジオンの大通りに差しかかったところで、ひとりの女性がひどく困った様子で道を行ったり来たりしているところに出くわした。


(ん? どうしたんだ……?)


 困っている人を見かけると声をかけずにはいられない性分の自分は、その女性の失礼にならない程度の距離まで歩み寄る。


 女性は、白いコック帽に同じ色のコックコート、そのコートの上から可愛らしいピンク色のスカーフと短いエプロンをつけていた。


 年齢は二十台半ばだろうか。亜麻色の髪を後ろでひとつにまとめていて、服装から考えるに、おそらく料理人なのだろう。


 女性は自分には気づいていない様子で、困ったように頬に片手を当てながらうつむいている。アルドは、女性を驚かせないように、その背中にそっと声をかけた。


「あのさ、なにかあったのか? オレでよければ、話くらいなら聞けるかもしれないけど」


 アルドが遠慮がちに言うと、女性はくるりと振り返って、すがるように両手を顔の前で合わせた。


「あの、もしかして、旅のお方ですか……?」


 アルドの服装を見て、女性が問いかける。


 アルドはうなずいた。


「ああ。あんたが困ってそうだったから、声をかけてみたんだけど。お節介だったかな」


 アルドが苦笑いを浮かべると、女性は、とんでもない、と首を左右に振った。


「いいえ、声をかけてくださってありがとうございます。じつは、明日ここエルジオンで各地のパティシエやパティシエールを集めて、各自自慢のスイーツを作って競い合う『スイーツコンテスト』という祭典が開かれるのです。それで、パティシエール見習いの私も出場する予定だったのですが、一緒に出る予定だった私のパートナーが、昨日、お菓子の調理中に手に怪我をしてしまったんです。それで、お菓子作りができなくなってしまって、このままだと、大会に出られなくて……」


 女性は、うつむいたままだんだんと泣きそうになってしまう。


 アルドは、女性を気遣うように見つめた。


「へえ、『スイーツコンテスト』か。エルジオンはいろいろなイベントをやるんだな」


 自分には想像することしかできないけれど、おそらく、料理人たちがたくさん集まって、それぞれ甘くておいしいお菓子を披露するのだろう。


 女性は『競い合う』と言っていたから、おそらく審査員かなにかの人たちによってお菓子の出来栄えの優劣が決められるのかもしれない。


 華やかなイベントの様子を想像しながら、アルドは女性の話に答える。


「それは、そのパートナーの人は災難だったな。その人は残念だけど、でも、スイーツコンテストはあんただけで出ればいいんじゃないのか? ひとりだと大変なのかもしれないけど……」


 アルドの提案に、女性は首を左右に振ってからうつむく。


「……それが、明日のコンテストは規定で1組2名でのエントリーと決まっていて、私ひとりだと出場できないんです……。私、小さいころからずっとラヴィアンローズというエルジオンで一番有名なケーキ屋さんに憧れていて、将来は、ラヴィアンローズのパティシエールになりたいと思ってお菓子作りの勉強をしてきたんです。それで、このスイーツコンテストで優勝すれば、パティシエールとしての腕前を認めてもらえるので、ラヴィアンローズで雇ってもらえるんじゃないかと、そう思っていたんですが……」


 女性は、無念そうに両手の拳を下でぎゅっと握る。


「このままじゃコンテストに出られなくて、どうしたらいいのか……」


 うつむいたまま黙ってしまう女性に、アルドも同調して眉尻を下げる。


 なんとか自分が力になれればいいのだけれど、パティシエールが作るようなプロのお菓子作りは、自分のような素人が付け焼刃の技術で手伝えるようなものではないだろう。


 アルドは、歯がゆい思いを噛みしめて言う。


「そうか……。なんとか力になれればと思ったんだけど、オレはお菓子作りはあまりやったことがないし、オレじゃ難しいかもしれない。あんたの夢の手助けになれればと思ったんだけど……」


 視線を伏せるアルドに、女性は、胸を打たれたようにはっとした表情を浮かべた。


 拳を胸に当てて、決意を固めた真剣な目でアルドを見つめる。


「あの、旅のお方、あなた様の優しいお心遣いのおかげで、私、勇気が湧いてまいりました……! 今までは、どうしようどうしようばっかりで、コンテストの出場を諦めることしか頭に思い浮かばなかったのですが、これくらいのことで出場を諦めてはいけないって思えました!」


「そうか! それはよかったけど、でも、実際にどうすりゃいいのか――」


 困り果てるアルドに、女性は、懇願するようにアルドの顔を見上げた。


「あの、旅のお方、よかったら私と組んでスイーツコンテストに出場していただけませんか?」


「え、ええっ!?」


 予想もしなかったことを言われて戸惑うアルドに、女性は言葉を続ける。


「明日のコンテストは全組ケーキで競うことになっているのですが、ケーキは、私ひとりでもなんとか作れます! ですから、あなた様には私と一緒に参加登録だけしていただきたいのです!」


「ええ!? オ、オレはあんたの言うとおりケーキは作れないぞ!? それに、料理はそんなにするほうじゃないから、あんたの助手も務まらないと思うし……」


「それでも大丈夫です! むしろ、ご無理を言って申しわけございません。もしあなた様さえよろしければ、私と一緒に明日のコンテストに出ていただきたいのです」


「う、うーん……」


 自分が彼女と一緒に参加登録することで、彼女がコンテストの舞台に立てるのなら、断る理由はないのかもしれない。


 アルドは、決心したように大きくうなずいた。


「わかった。明日のスイーツコンテスト、オレも一緒に参加させてもらうよ。けど、ただ当日突っ立ってるっていうのもなんだから、なにかオレに手伝えることはないか?」


 当日できることはなくても、事前に手伝えることはないだろうか。


 アルドが提案すると、女性は涙ぐんだ目で両手を口もとに当てた。


「あ、ありがとうございます……! 当日一緒に参加してくださるだけでもありがたいのに、そう言っていただけると助かります! じつは、明日のコンテストまでにかぼちゃとはちみつとチョコレートを用意しないといけないのですが、まだ、そろっていなくて」


 女性が言うに、その材料は怪我をしてしまったパートナーがそろえてくれる約束だったのだが、怪我をしてばたばたしてしまった関係でまだ用意できていないという。


(かぼちゃに、はちみつに、チョコレートか……)


 アルドは、思い当たるところがないか考えを巡らせる。


 かぼちゃは、現代の時代まで時を超えて、実りの村ラクニバに行って採れたてのドデカボチャを買ってくればいいだろうか。


 はちみつは、古代の時代に飛んで、火の村ラトルではちみつの採れる蜂がいないか聞き込みをすれば、新鮮なものが手に入るかもしれない。


 最後のチョコレートについては、未来の時代の教育機関『IDAスクール』の学生自治部隊である『IDEA』の会長のイスカがいろいろな情報に詳しそうだから、あとでイスカに聞きに行ってみよう。


(……よし、材料集めならオレにもなんとかできそうだな)


 アルドは女性に向き直る。


「あのさ、よかったら、材料についてはオレに任せてもらえないか? そのくらいは、オレにもさせてもらいたいんだ。なんとかしてみるからさ」


「本当ですか!? 旅慣れているあなた様に材料集めをお願いできるなら、こんなにもありがたいことはないです! ぜひ、よろしくお願いします!」


 女性はぴょこんとアルドに頭を下げると、顔を上げて自分の胸に片手を当てた。


「すみません、名乗るのが遅れてしまいました……! 私は、エミリーと申します。ここエルジオンで暮らすパティシエールの見習いです」


 アルドは、すっと片手を差し出した。


「オレはアルド。とある人を救うために旅をしている旅人だ。よろしくな!」


 エミリーは差し出されたアルドの手を握り、ふたりは固く握手をする。


「それではアルドさん、材料集めと当日のコンテスト、よろしくお願いいたします」


「ああ、任せてくれ!」


 アルドはエミリーに後ろ手に手を振ると、材料を集めるために駆け出す。


 まさか未来のスイーツコンテストに出場することになるとは思わなかったけれど、出場するからには、自分のできることを精いっぱいやってエミリーを支えたい。


(エミリー、優勝できるといいよな)


 ラヴィアンローズのパティシエールになるという、彼女の夢が叶うといいと思う。


 自分の時を超える力が、彼女の夢への第一歩の手伝いができるのなら、力を尽くすべきだろう。


(エミリーにおいしいケーキを作ってもらうためにも、新鮮な材料を手に入れないとな)


 よし、とアルドは気合いを入れる。


「まずは、実りの村ラクニバに行ってドデカボチャを見つけてくるか」


 ラクニバといえば、以前、妹への誕生日プレゼント代を稼ぐという八百屋の若者と出会って、彼の代わりに店番をして野菜売りをしたことがあった。


 あのときは、慣れない店番を引き受けて、そのときに旅の行商人と出会って、ラクニバでしか採れないマトマやコメモロコシ、ドデカボチャの商売の仕方を教わった。


(懐かしいな。あの八百屋の人、元気にしてるといいな)


 あのときは、いつでも野菜を食べに来てくれ、なんて声をかけてくれたっけか。


 あの若者のお店に行けば、採れたてのドデカボチャを売ってもらえるかもしれない。


「――よし、行こう! 他にも集めないといけない材料があるから、急がないとな」


 そうしてアルドは時空を超える。


 目指すはAD300年――実りの村ラクニバへ!

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