Neoteny
深夜にこうしてキッチンでタバコを吸っている時に、ふと思う事がある。
「ああ、このまま死ねたらなんと幸せな事だろうか」と。
別に死にたいと思っている訳じゃない。自殺願望があるとか、今の生活に飽き飽きしているとか、死ねば楽になれると思っているとか。そういうのでは一切ない。
人は死に方を選べない。
そう、選べないんだ。
今僕はキッチンでタバコを吸っている。時間は深夜1時だ。ちなみに曜日は金曜日、つまり週末だ。普通の社会人である僕は明日から2連休という事になる。
「普通の会社員でも土日に働いている人はいる。お前が普通だと思うな」
という意見は一切受け入れない。僕の勤めている会社は土日は休みなのだ。普通の会社員の定義などどうでもいい。今この場においては僕が普通であり、常識であり、基準なのだ。過激な言い方をするなら「土日に働いているお前らが異常だ」って所か。精々土日にせこせこ働いてほしいと思うよ。
まぁそんな事はどうでもいい。話を戻そう。
繰り返すが、人は死に方を選べない。
「自殺したら選べるじゃないか」
と言う意見も一切受け入れない。
そりゃあ自殺をすれば死に方なんて幾らでも選べるが、生物と言うのは皆生に固執するものだ。つまり生きようとする意志があるからこそ生物なのだ。文字通り生物とはそういう物だ。これもまた過激な言い方になってしまうが、自殺を考えている時点で生物ではないと言える。生物の定義から外れて初めて死に方を選べるのだ。
故に人は死に方を選べない。死に方はおろか、死ぬタイミングすら選べない。人は皆いつどこでどう死ぬか分からないのだ。
ひょっとしたら10分後に僕は心臓麻痺で死ぬかもしれない。
明日の、いや今日の休日を使って日用品の買い出しに出かける途中、交通事故で死ぬかもしれない。
一寸先は闇とはよく言ったものだ。人は常にいつ死ぬか分からない恐怖に怯えている。怯えない人もいる?いいや、いない。人は、生物は死の恐怖からは逃れられないのだ。
だからこそ誤魔化す。
「そんなもの気にしていてもしょうがない」
そう言って誤魔化すのだ。
ある者は金で、ある者は恋人で、ある者は友人で、ある者は娯楽で、死の恐怖から逃げている。
だがそれでいい。
さっきも言ったように、生物とは生に固執するからこそ生物なのだ。つまり生きることを第一に考え、今日を生き抜き、明日を迎える努力をするからこそ生物は生物でいられる。
少し話が飛躍しすぎたかな。
が、まぁ別に構わないだろう。
「お前の場合はどうなんだ?」
という質問に関しては受け入れよう。
僕の場合は喫煙だ。
僕だっていつ死ぬか分からない恐怖に怯えているよ。だからその恐怖から逃げるためにタバコを吸うんだ。
意味が分らないか?
僕にはそれ以外の方法が。喫煙以外で死の恐怖から逃げる方法がないだけだ。至極単純な理由さ。
金もない、恋人も友人もいない、趣味と呼べる物もない。強いて趣味を上げるとするなら喫煙って事になるが……。
まぁ僕の場合は喫煙が唯一の逃亡手段だって事だ。
だが一つ問題がある。
いつ死ぬか分からない恐怖から逃げるために、喫煙を行う。その行為には一つ問題があるのだ。
それはタバコは体に悪いという事だ。
どいつもこいつも挙ってタバコは体に悪いと言う。実際その通りなのだろう。僕自身は全く自覚していないが、タバコを吸う度、僕の体は不健康になっていっているのかもしれない。
自ら不健康になっているのだ。
不健康になるという事は、それだけ死のリスクを高めるという事になる。
僕は死の恐怖から逃げるために喫煙をしているが、その結果死に近づいているという事になる。
なんという矛盾。とんでもない矛盾だ。
そりゃあ僕だって肺がんで死にたいわけじぁあない。肺がんはかなり苦しいと聞いた事がある。だが死の恐怖から逃げる度、それに近づいているんじゃあ意味がない。かと言って交通事故や心臓麻痺で死ぬのもごめんだ。出来る事なら老衰で眠るように死んでいきたい。
まぁ誰だってそうだろうな。
でも僕は喫煙でしか死の恐怖から逃げることが出来ない。
だからこそ、「このまま死ねたらなんと幸せな事だろうか」と思うのだ。
だってそうだろう?僕にとって喫煙とは死の恐怖、いやそれだけじゃあない。日々のストレスや、社会への不満。そういった類の物から逃げるための唯一の手段なのだから。
なら理想の死というのは、その喫煙をしている最中に眠るように死ぬことだとは思わないか?
「馬鹿かお前は、禁煙して恋人でも作ればいいだろ」
という意見は一切受け付けない。
それが出来ないから、僕は今こうしてタバコを吸っているのだから。
いや、ひょっとしたら出来ないんじゃなくて、やらないだけなのかもしれない。
禁煙に関していえば、通院するなりなんなりでできる事だし、恋人はまぁ無理だとしても、新たな趣味、つまり生きがいを探すことは可能だ。幸い現代社会には娯楽が溢れている。自分にとってベストな趣味を見つけるのにそう時間はかからないだろう。
じゃあなぜそれをしないのか。
ひょっとしたら僕は死の恐怖から逃げる為に喫煙をしているのではなく、死へ近づく為に喫煙をしているのかもしれない。
物凄く緩やかな自殺をしているのかもしれない。
そう考えると、僕はもう既に人ではないのかもしれない。
換気扇に吸い込まれていく煙を見つめながら、僕はそう思った。
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