血筋? 血族?

──────



 深夜。月もない夜の中を影の一団が音もなく駆けて行く。先頭を走っていた者が右手を挙げるとそれを合図に全員が止まり、直近の木や岩といった物陰に身を潜める。

 一団の視界には王都の正門が捉えられている。門の前には衛兵が二名立っていた。


「事前調査の通りであれば、あそこに見える二名の衛兵の他に門脇の衛兵室に一名が待機、一名が門の内側で警戒し、四つの衛兵二人組が王都周辺を警戒しているはずだ」


 先頭の者が静かに情報を再確認する。正門の状況を把握した一団だったが、動こうとはしなかった。物陰に隠れたまま待機していると遠くから近付いてくる灯りが見えた。一団から二つの人影が離脱し、灯りへと忍び寄る。

 灯りの主は王都の周辺を警戒していた二人組衛兵の一つだった。二つの人影は音もなく衛兵の背後に回り込むと一人は衛兵の首を捻り折り、一人は衛兵の首を掻き切った。

 衛兵の首を切った人影は衛兵の首から流れ出る血を全身に塗りたくると正門に向けて街道を歩き出した。もう一つの人影は首を折った衛兵の鎧を脱がしにかかる。



「ふあぁ〜ふ」


 正門前で警戒していた衛兵は襲ってくる眠気と戦いながら欠伸を噛み殺す。


「気を抜くなよ」


 余程欠伸が大きかったのか隣に立っている同僚にギロリと睨まれる。


「わかってるよ」


 そうは言っても深夜の見張りは眠気との戦いだ。欠伸をした衛兵は眠気を覚ますために無駄に空を見上げたり、近くの物を見た後に遠くを凝視するなどしていた。


「ん?」


「どうした?」


 首をせわしなく動かしていた衛兵が遠くを凝視し、小さく声をあげた。その様子に同僚が声をかける。


「いや、何か動いたような……」


 そう言って更に遠くを見ようと前のめりになる。目を細め、遠くを見ていると街道をフラフラと歩いてくる人影が見えた。


「人だ……人が歩いて来てる」


「本当か?」


 同僚も同じ様に遠くを凝視する。


「何も見えんぞ」


 同僚が苛立いらだたしげに呟く。


「いるよ。こっちに歩いてきてる。でも、フラフラしてる。怪我人かも……」


 そう言うと衛兵は人影に向かって走り出した。


「あ、おい。コラ! 持ち場を離れるな」


 衛兵に同僚の言葉は届かなかった。人影に近づいて行くとその様子がハッキリとわかった。人影は女だった。冒険者の様で男物の黒い衣服と簡素な革の鎧に身を包んでいる。そして、その全身が血に濡れていた。


「大丈夫ですか!?」


 衛兵が声をかけると女はその場に倒れこんだ。


「しっかりしてください」


 衛兵は倒れた女を抱きかかえる。女の状態を確認するが、出血部位どころか服や鎧の破損も見られない。


(あれ? 鎧の外側に血が付いてる……ってことは……返り血!?)


 女への警戒を必要と判断した衛兵は女から離れようとするが、その判断よりも女の次の行動の方が早かった。女は短剣を振るい、衛兵の首を搔き切る。目を見開き、傷口を両手で抑えながら立ち上がろうとする衛兵。しかし、その行動を女は頭をつかんで阻止すると、その衛兵の右目に深々と短剣を突き立てた。短剣が眼球と眼窩がんかの骨を貫き、衛兵は絶命する。


「おい。人はいたのか?」


 後から来た衛兵は、うずくまり動かない同僚とその同僚に抱きかかえられている人影に疑問符を浮かべながら近づく。


「おい。その人は大丈夫なのか?」


 返事をしない同僚の肩に手を置くとその同僚が仰向けに倒れこんできた。その右目には短剣が突き刺さっている。更に倒れこんでくると首に真一文字の傷口が見えた。


(な!? 死ん……)


 衛兵の思考はそこで止まった。同僚の衛兵が倒れきると同僚に抱きかかえられていた人影が自分に向けて右手を真っ直ぐに伸ばしているのが目に入ったからだ。その右手には青白い光が灯っており、呪文を撃つ準備ができていることを告げていた。


凍結呪文メガリザード


 女の右手から放たれた青白い光が衛兵の顔を覆い、通過して行く。呪文を受けた衛兵は両眼球が凍り付いていた。更に舌や喉も凍ったらしく、膝をついて声も出せずに一心不乱に喉をむしる。

 女はゆっくり立ち上がると喉を掻き毟る衛兵の顔面に回し蹴りを放つ。衛兵の首は一回転し、骨と脳髄が断裂した衛兵は絶命した。


「とりあえずは後二人か?」


 街道をゆっくり歩いて来た衛兵が声をかけてきた。いや、見回りの衛兵から剥ぎ取った鎧を身に付けた女の仲間だった。


「ああ、騒がれない様にな」


 女からの指示に衛兵の鎧を着た男は頷くと正門脇にある衛兵室に向かって行った。


(そろそろ交代だな)


 正門脇にある衛兵室で休憩をしていた衛兵は背伸びをする。


「もう歳かな?」


 そんなことを呟きながら外に出ると門の前で見張りをしているはずの二人がいないことに気付いた。


「あれ? あいつら何処に……」


 姿の見えない同僚二人を探そうと首を王都とは反対方向に向けた衛兵は絶句した。大柄な衛兵が大剣を自分に向けて振り上げていたからだ。


「お……」


 振り下ろされた大剣は衛兵が何事かを言い終える前に兜ごと衛兵の頭を凹ませ、首を砕き、鼻の辺りまでを胴体に埋め込みながら両足をあらぬ方向に曲げさせ、胴体を地面に叩きつけて潰した。

 衛兵の鎧を着た賊は正門と衛兵室の間にある衛兵が通り抜けるための小さい扉を開く。小さな音が鳴り、王都内の正門前で警戒していた衛兵が振り返る。


「あれ? もう交代か?」


「いや、引退だ」


 衛兵に擬態した男はそう言うが早いか衛兵の首を右手で掴むとそのまま握りつぶした。


「グヒュッ」


 衛兵は握りつぶされた喉から漏れた空気で奇妙な音を奏でると失禁して死亡した。衛兵を殺した男は正門の外に出ると正門の両脇に掲げられている松明の一方を消した。

 それを合図に物陰に隠れていた一団が正門に集結する。


「見張りは全滅。警戒の者もしばらくは来ない。捕縛された同士は衛兵庁舎の地下に捕らえられている筈だ。迅速に確実に……同士の奪還に取り掛かる」


 一団は正門から見て、すぐ西側にある一際大きな建物の裏手に回る。壁を慎重に確認しながら進んでいた女が立ち止まる。


(ここだ)


 女が後ろの者達に指で壁を指し示す。そこには、そこに印があることを知っている者が注意深く確認しないと気付かない程の×印が書かれていた。


(こんな時のために衛兵舎の建築に関わった者を取り込んでおいて正解だったな)


 この×印が表すのは、『この地下に牢獄用の衛兵控室あり』だった。衛兵用の控室であれば気兼ねなく天井を落とせるというわけだ。

 一団の中の四名が両手を×印に向けて突き出す。


「タイミングを合わせろ。3……2……1……やれ」


「「「「爆裂呪文イクスギラージョン」」」」


 女の合図に合わせて四名が同時に呪文を放つ。轟音が響き、壁が吹き飛び、室内の床が崩落する。


「お前達はすぐに離脱しろ」


 渾身の呪文を放ち、満身創痍になっている四名に女は指示を出すとマスクで顔を隠す。


「な、何だこれは!?」


 女が声のした方に顔を向けると階下の崩れた衛兵控室の扉を開けて固まっている衛兵がいる。どうやら、衛兵控室の外にいた者が爆音の正体を確認に来たようだった。


爆裂呪文イクスメラージョン


 女は固まっている衛兵に向けて呪文を放つ。先程の呪文に比べ、あまりにも小規模だったが扉ごと人間一人を爆散させるには十分だった。

 扉と衛兵を吹き飛ばした女は三名の仲間と共に崩落した床から地下に飛び降りる。衛兵控室から出ると正面と右手に長い廊下が伸びており、それぞれの廊下を挟むように牢が配置されているようだった。さらに右手の廊下手前には牢を見張るための監視台が置かれ、衛兵控室の左手には上階への階段があった。

 女は上階への階段にも『爆裂呪文イクスメラージョン』を放ち、天井の一部を崩して塞ぐと衛兵の鎧を着た大柄の男に右手の廊下側を確認するように指示する。男は頷くと右手の廊下を進んでいった。



──────


「ナ、何だ何だ!? 人には静かにしろって言うくせに!」


 向かいの女が立て続けに鳴り響いた轟音に文句を言っている。これはどう考えても衛兵が出した音じゃないだろ。

 そんなことを考えていると数人がこちらに移動してくる気配を感じた。足音を立てずに素早く移動してくる。


「同志! 我ら『勇者の血族』が迎えに参りました! どちらですか! 同志!」


 移動してくる者の呼びかけに俺は耳を疑った。『勇者の血族』……だと?聞いたことのない声だ。第一、俺と親父以外の勇者の末裔は全員死んだ筈だ。こいつらは何を言っている!? 同志という呼びかけをするってことは組織名なのか?


「ココだよ! ココにいるよ!」


 頭の混乱している俺を差し置いて、向かいの女が俺の方を指差して叫ぶ。『勇者の血族』を名乗る一団が俺の前に来る。黒い服に身を包み、簡素な革の鎧という俺を襲って来た男と同じ格好をしている。あの男は同じ組織だったのか?

 先頭の者が俺の方に顔向ける。顔を隠しているが体つきから女であることがわかった。


「お迎えに……って、誰だお前は……」


「そりゃこっちのセリフだ……」

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