第20話 ラーメン
「佳、晩ご飯できたよ。」
美生は祖父の
「「いただきます。」」
美生と佳は手を合わせた。
食事が終わると佳が後片付けを始めた。作るのは美生、片付けるのは佳という役割分担となっている。今度は佳が牛乳を沸かし、甘いカフェオレを入れた。これもツーリングを始めてからの習慣となっている。
最初の数日は尽きる事なく色々なことを話していたが、だんだん二人とも口数が少なってきていた。それは話すことがなくなったというより、あえて口に出さずとも伝わるようになった、と言うべきか。二人の間は家族のような暖かい信頼感で包まれていた。
「知床に着いたら、どうする?」
美生は口を開いた。すでに苫小牧を出発してから5日が経過している。海岸線に沿って北上していたが、2人のツーリングは安心できるキャンプ場という縛りがあって、そう都合良くいい距離にキャンプ場がある訳もなく、1日の走行距離は短めとなる。今回の日程は2週間で前後2日ずつフェリーに取られるから北海道を走れるのは正味10日だった。明日は知床に着けそうだが、もう北海道1周は厳しいな。美生は思った。
「知床でちょっと観光したいな。そうすると時間がなくなるから内陸を突っ切って戻るかい?」
佳が美生の考えていた通りの返事をよこした。このツーリングは北海道1周が目的ではないから別にそれで良いのだ。
二人は寝袋に入った。
「そう言えば、健一君は元気だったかい?」
佳が尋ねた。佳は健一が東京に遊びに来た時に2度程会ったことがある。
最も、健一は才能に満ち溢れた佳の雰囲気に圧倒されるらしく、佳を苦手にしているらしい。
「うん、地元の国公立の大学に行きたいからって、すごく勉強していた。」
「相変わらず、真面目だな。まあ、男はああいうのがいいよ。人畜無害で。」
美生は吹き出した。笑い過ぎて、そのまま眠りに落ちた。
翌朝、美生と佳はパンと果物の朝食を済ませると出発した。オートバイも何のトラブルもなく快調だ。今日は少し飛ばして早めに知床のキャンプ場に入りたい。
ほとんど休憩もなく走り続けて、正午もとっくに過ぎた。そろそろ、お昼ご飯にするか? 美生は道路沿いの店のチェックを始めた。
ラーメン屋を見つけた。もう昼過ぎだというのに駐車場はほぼ満杯だ。美味しいのかな? ここにしよう。美生と佳はオートバイを乗り入れた。
やはり混んでいたが、それでもカウンターの空いてる席に座ってラーメンを注文すると隣の人から声が掛かった。
「お嬢ちゃんたち、どこから来たんだい?」
見ると作業着姿で美生の祖父の和之と同じ位の年恰好の人の良さそうなおじさんである。店の中だし、とりあえず危険はないだろう。警戒を解いた美生は返した。
「東京です。」
「そうかい。若いのにバイクでツーリングとはすごいな。楽しんでるかい。」
「はい、北海道は最高ですね。」
「そうかい、そうかい。ところで餃子は頼んだかい? ここはラーメンも美味いが餃子も美味いぞ。おっちゃんが奢ってやるから食って行きな。」
「おい、兄ちゃん。こちらのお嬢さん方に餃子1枚ずつな、勘定は俺につけてくれ。」
美生が断る間もなく、注文されてしまった。程なく餃子が美生と佳の前に置かれると
「じゃあ、おっちゃん、仕事だからこれで行くな。気を付けて楽しみなよ。」
美生と佳が礼を言うと手を振りながら店を出て行った。
ラーメンも餃子も美味しかった。お腹いっぱいになった美生と佳が勘定をしようとすると、店の人が代金は結構です、と言った。さっきのおじさんがラーメンの分まで払ってくれたらしい。美生と佳は顔を見合わせた。
「あの人はうちの常連さんなんですけど、昔はバイクに乗ってたそうですよ。店でバイクでツーリングに来ている人を見つけると懐かしくなるのか誰彼構わず話しかけるんですけど、最近は警戒されたり無視されたりで。今日は若い女の子に普通に話してもらえて嬉しかったんじゃないですかね。お客さん達がお礼を言ってた事は伝えておきます。」
美生がこのツーリングで一番気を付けていること、それは交通事故と男性がらみのトラブルである。美生にしてみれば自分はともかく、佳に万一のことがあったら詫びのしようがない。だからキャンプ場も治安の良さそうなところを選び、テントを張る場所もおとなしそうな男女のグループや家族連れがいれば、お願いしてその側に張らせてもらっている。
結局、このツーリングで男性がらみのできごとは、見知らぬおじさんにラーメンと餃子をご馳走になったということだけであった。
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