第12話 免許

一学期の期末試験が始まった。


美生は父兄卒業生枠で入学したので、本来、清空女学院付属高校に入学できる学力を持ってはいない。授業はそんなに厳しくなく宿題もないのだが、その代わりテストでは容赦がない。一定以上の点数が取れなければ夏休みは補習で埋まる。


補習を受けることになれば、北海道のキャンプツーリングもご破算となるので、美生も必死である。夏休み前にアルバイトを入れなくて良かった。美生はしみじみ思うのだった。


勉強はけいに教わっている。佳は今年の清空女学院付属高校の入学試験を首席で合格したらしいが、この高校はそういうことにあまり重きを置かないので、そのことは一般生徒には知られていない。美生は佳が住んでいる学生寮の管理人である五色ごしきさんに聞いた。


そう言えば、佳はオートバイの免許はどうするつもりなのだろう? ゴールデンウィークにフランスの両親のところに行ったものの、教習所のことは言い出せず帰国後いくつかの教習所に両親は海外在住なので親の同意無しか同意書の提出で入校させてくれないか? と問い合わせたが、全部断られたらしい。


「全く融通が効かない。」


佳はぼやいていた。その後はオートバイの免許について何も言わないのである。最も、佳は子どもの頃から勉強からスポーツ、楽器演奏、なんでもこなしてしまう。結局は心配するだけ無駄なのだ。何も言わないということは、何か考えているのだろう。


佳が選んだVespa100は、祖父の和之かずゆきが動かしてくれているが、至って好調らしい。もし教習所が駄目なら、原付免許なら学科試験と講習だけで取れるので、最悪、原付免許を取ってくれれば、祖父に50ccのMotom48SSを用意してもらうように頼んでいる。


それよりもまずは自分の試験に集中しなければ。美生は問題集を開いた。




そして、夏休み初日。


期末試験も終わり、美生は何とか補習を回避した。最も通知表は五段階評価の3がほとんどで二教科ほど4があると言ったところである。母の一美ひとみには、


「岐阜でちょっと勉強しなさい。」


やんわりと叱られた。清空女学院に進学できなければ、付属高校に行った意味がなくなってしまう、それでは困るのである。



「じゃあ、頑張れよ。」


府中の運転免許試験場まで父の貴生たかおが軽トラックで送ってくれた。


教習所の卒業から間が空いてしまったので、学科の勉強がやり直しになってしまい、ちょっと苦労したが、美生はひっかけ問題に気を付けながら、回答を記入していった。


試験後、しばらくして電光掲示板の自分の番号が光った。


「よっしゃあああ!」


美生はガッツポーズをした。ここまで長かった。これで安心して岐阜に行ける。後は祖父母の家でアルバイトをして、旅費を稼ぐだけだ。


教室で交通安全のビデオを見て、時間をつぶす。一時間ほどで別棟の建物でいよいよ免許の交付である。


自分の番号を呼ばれて前のカウンターに取りに行く。美生は感無量で光り輝く免許証を眺めた。自分は自由へのパスポートを手に入れた。これでオートバイでどこにでも行けるんだ。


さて、お腹も空いたから、どこかでお昼を食べて帰ろう。そう思った瞬間、後ろから声をかけられた。


「やあ、美生。免許取得おめでとう。」


後ろを振り返ると、佳が笑いながら立っていた。


「わざわざ来てくれたの?」


「わざわざ来た訳じゃない。私も免許を取ったのさ。ほら。」


佳が免許証を美生の前に突き出した。


「えっ!? えええー!?」


教習所に通わず運転免許試験場で学科試験と技能試験を受けて免許を取る、いわゆる一発試験と言われる方法があるのは知っていたものの、美生は驚いた。


佳が単なる秀才ではないことは長い付き合いだから良く知っている。勉強は教科書を読むと大体、頭に入ってしまうらしいし、スポーツであれ、楽器演奏であれ、ちょっと練習するとできるようになってしまうのだ。佳に言わせると頭でイメージした通り、勝手に体が動くらしい。


だが、まさか今まで一度もバイクに乗ったことがない人間が技能試験に合格してしまうとは思わなかった。


佳が自分のそのスキルを『万能の侵略者ユニバーサル・インベーダー』と呼んでいることを美生が知る由もなかった。


最も佳の体が持つパワーやスピード以上のことはできないし、なんでも出来る代わりにその道で一流になれることも決してない。究極の器用貧乏とも言える、このスキルは逆に佳のコンプレックスなのだ。


そんなことは知らず、美生は宇宙人を見るような目で佳を見た。


「意外と難しかったぞ。ネットや本でイメージをつかむのに苦労した。明日からフランスだけど、ツーリングの2日前に日本に戻るからよろしくな。」


佳は涼しい顔で答えたのであった。

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