第13話 朝

朝の7時前。


美生みおは岐阜の農道をMotobi 125 Sports Special で走っていた。昨日、東京から岐阜に来たのだが、美生が岐阜でモトビの操縦に慣れるようにと、父の貴生たかおは軽トラックにモトビを一緒に積んで来てくれた。せっかくなので、朝のまだそれほど暑くないうちに練習するようにしている。エンジンのキックスタートにちょっと苦労するものの、走り出せば何の問題もない。


朝の農道はすいているが、農家は朝が早いし、道路の脇から左右をよく見ずクルマが出て来るので、くれぐれも気をつけるよう、こちらの祖父母に言われている.


この時代の小型車としては贅沢な五速ミッションはOHVの卵型のエンジンを積んだ小さな車体を切れ目なくスムーズに加速させていく。


ミッションをこまめにシフトし、エンジンのパワーバンドを外さなければ、驚くほどスポーティーな走りを味わえる。美生はまだそのレベルには至っていないが、もちろんツーリングには不自由はない。


祖父母の家に戻って来ると、父の貴生が軽トラックで出るところだった。


「じゃあな、事故に気を付けろよ。」


貴生は帰って行った。


美生は家に上がるとダイニングのテーブルに付いた。


「ただいま。おはよう、おばあちゃん。」

「お帰り、ミオ。もうちょっとでできるからね。」


陽気な歌声が聞こえる。


Amami!

Ti voglio bene!


Con 24000 baci

Oggi saprai perché l'amore

Vuole ogni istante mille baci

Mille carezze vuole all'ora


背の高い祖母の細く引き締まった背中にかかる髪が揺れる。だいぶ白髪が混じっているが、その髪は美生と同じ明るい茶色のくせ毛であった。そう、美生の髪はこの祖母からの遺伝なのだ。


美生の父方の祖母、香戸里亜カトリアは父が日本人、母がイタリア人である。母はイタリアの貴族の家の出身、と言っても小さな領土と居館を持つだけの下級貴族だったが、一族の主だった者はこの明るい茶色のくせ毛の持ち主が多かったらしい。


この髪の者は一族の象徴であり誇りだったが、戦後になって時代が変わると、この髪を持った子は生まれなくなり、爵位を継ぐ者もいなくなって、かつての居館は今ではホテルとレストランになっている。


美生が生まれた時、40年ぶりにこの髪を持った子が生まれたということで、カトリアがSNSに美生の写真をアップすると、イタリア中の親戚からお祝いのメッセージが届いたそうだ。


そんな訳で、カトリアが孫の美生を可愛がること、並大抵ではなかった。




「はい、お待たせ!」


カトリアはテーブルにパニーニとカフェラテを置いた。


「ありがとう、おばあちゃん。いただきます。」


美生はパニーニにかぶりついた。


「今日はまず庭の草むしりから始めるね。広いから2、3日かかると思う。」

「暑いから気を付けてね。お昼は元気が出るような食事を作るわ。」

「うん、ありがとう。」


美生はカトリアの若い頃の写真を見せてもらったことがある。ハリウッド女優もかくやというエキゾチックな美人で、明るい茶色のくせ毛が美貌を引き立てていた。


一方、美生の方はまあ十人並みといったところである。


「どうせなら顔もおばあちゃんに似てほしかった。」


カフェラテを飲みながら、美生はため息をつくのでありました。

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