第8話 説明

六月初旬の土曜日。


「1、、2、、3、、」


美生みおは教習車で一本橋を渡っていた。アクセルとクラッチ、リアブレーキを調整しながら、ゆっくりと進んで行く。


「、、7、良し」


美生は一本橋を渡り切った。次の課題までコースを進む。



春田はるたさん、合格です。」

「やった!」


美生は飛び上がって喜んだ。卒業検定一発合格である。


さっそく明日、府中の運転免許試験場に学科試験を受けに行こう。美生はけいにメールを送った。


「卒検受かった。明日、府中に試験受けに行く。」

「おめでとう。でも、二輪免許試験は平日だけじゃなかったかい?」


「えっ!?」


美生はあわてて府中運転免許試験場のホームページを開いた。


「あああ!!」


美生は思わず声を上げた。府中運転免許試験場は日曜日も開いているが、行われているのは更新だけで新規の二輪免許試験は平日しか行われていないのである。今の今まで美生は勘違いをしていた訳だ。


さて、どうしたものか? 高校が平日休みになるのは夏休みまでない。だが、オートバイに慣れるために早く免許がほしい。ツーリングまでに旅費を稼ぐためにアルバイトもしなければならない。時間はあまりないのだ。


美生は夕食の席で母の一美ひとみに二輪免許試験を受けるために高校を休みたいと恐る恐る言ってみたが、


「ふざけるな♡」


極上の笑顔で一蹴された。父の貴生たかおも祖父の和之かずゆきもこの件については助け船を出してくれなかったし、美生もさすがに無理だろうと思っていたので、あっさり諦めた。


早く免許がほしいから頑張って教習を受けていたのに無駄になっちゃったな。美生が食べ終わった食器を片付けて、とぼとぼと部屋に戻る後ろ姿に祖父の和之が声をかけた。


「明日、都合が良かったら、佳ちゃんをうちに連れておいで。北海道ツーリングに乗って行くオートバイを決めよう。」




翌日の日曜日。


「お久しぶりです、おじいさん。今日はよろしくお願いします。」

「やあ、佳ちゃん。元気だったかい。」


美生と佳は庭のガレージの前にいた。すでにオートバイが4台出されている。


「さて、今回の北海道ツーリングだけど、日数もあるし距離も伸びるから、なるべく排気量の大きいオートバイがいいと思う。と言っても俺が持っているオートバイはアイローネ以外はみんな原付だけど、それでも50ccや75ccより上限の125ccの方がいい。」


「250ccのアイローネじゃダメなの?」


「ソロツーリングならアイローネが一番いいけど、佳ちゃんが一緒だろ。性能が近い方がペースを合わせやすいぞ。」


「なるほど。」

「じゃあ、順番に説明するな。」


和之はメッキのガソリンタンク、一人乗りのサドルシートのオートバイの前に立った。エンジンのクランクケースが粘土をこねて作ったようにつるんとしていて出っ張りがないのが特徴的に見える。


「まず一番旧いやつ。1949年のGileraジレラ125Turismoツーリズモ。ジレラは戦前からある古参のメーカーで、こいつは戦後に初めてジレラが作った小型車だな。この後、150ccのモデルを出して大ヒットするんだが、そのベースになったオートバイだ。ツーリズモというのはツーリングモデルという意味だね。ミッションは3速でキャリアもあるから荷物も積みやすい。ただちょっとガソリンタンクが小さいんで、ロングツーリングならガソリンの携行缶は持って行った方がいいな。足回りもブレードフォークとフリクションダンパーの組み合わせで戦前車のようなクラシックな外観は魅力だが、50年代辺りから一般的になったテレスコピックのフロントフォークとオイルダンパーの付いたリアサスのモデルより性能は落ちる。」



和之はアイボリーのスクーターの前に移った。


「次はこれ。PiaggioピアジオVespaヴェスパ100。ヴェスパは聞いたことあるだろう。映画の『ローマの休日』に出たアレだ。ピアジオはもともと航空機のメーカーで航空機の技術を活かした鉄板をプレスして作ったモノコックのボディ、片持ちのフロントフォークとスイングアーム、スイングアームがミッションのギアボックスになっていたりとか、正にエポックメイキングと言ってもいいスクーターだ。この車両は、見た目は旧いけど1995年辺りのモデルで、この形のヴェスパは日本で人気があったんで、イタリア本国で80年代前半に販売終了になっても日本で売るためにわざわざ作ってた。まあ生きた化石だな。これもミッションは三速。左グリップがクラッチとシフトになっていて、クラッチレバーを握ってグリップを捻るとギアチェンジできる。普通のオートバイよりは操作は簡単だな。あとは旧い2ストロークのエンジンだから混合給油と言って、自分でガソリンにエンジンオイルを計量して入れなきゃいけない。こいつのガソリンタンクもやはり小さいから携行缶は持って行った方がいいな。キャリアが付いているから荷物は積みやすいよ。」


和之の説明は続く。


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