第18話 柳生新陰流奥義・無刀取り!

 男の手が但馬守たじまのかみのスーツのえりを掴んだと思った瞬間、但馬守が右手を円を描く様にクルッと回すと、男の体はフワッと宙に舞い猛烈な勢いで背中から地面に叩き落とされた。


「ガハッ!」


 血反吐ちへどを吐き出した男は、受け身も取れずに背中と頭を強打して一撃で気を失っている。

 不思議な事に、みどりの目には但馬守は相手に触れていないのに男が勝手に手の動きに合わせて宙に舞った様に見えた。

 それは若い男達も同じようだ。


「おい、ジジイ! てめぇ、何しやがった!」

柳生やぎゅう新陰流しんかげりゅう無刀取むとうどり……の様なものじゃ、本気なら頭から落としておる」

「訳分かんねぇ事抜かしてんじゃねぇぞ、ジジイ!!」


 今度は逆上してナイフを取り出した男と長身のバネのありそうな男が、但馬守の両側から奇声をあげながら襲い掛かかる。


「あ、危ない!」


 声を上げたみどりに余裕の笑みを返した但馬守が両手をクルッと回すと、またも襲い掛かった二人が宙を舞い、背中から叩き落とされた。

 残った二人は眼前で起こる不思議な光景に気死きししたように突っ立ったままだ。


「そこの二人、次はそなたらの番じゃ」


 但馬守から声をかけられた二人は悲鳴を上げながら一目散に逃げ出してしまった。


「やれやれ、薄情はくじょうな奴らじゃ」


 そう言うと、寝転がっている3人に喝を入れて無理やり起こし、脅しを掛けて退散させる。


ね! 次会うたら頭から落とすぞ!」


 小さな悲鳴を漏らしてフラフラと去っていく三人を見届けると、但馬守はシルクハットの角度を直しながらゆったりとした足取りでみどりに近づいてくる。


「危ない所を助けて頂いてありがとうございました!」

「よい、それより大事だいじないか?」

「はい!大丈夫です! あ、あの……今の技はか何かですか?」


 但馬守は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに口を開けて笑い出した。


「はははは、そう見えたか! これは愉快! はははは」


 何がおかしいのか分からずに戸惑っているみどりに但馬守が声をかける。


「あの技は『無刀むとうり』というてのぉ、柳生新陰流の開祖かいそ・柳生石舟斎せきしゅうさいがその技をもって剣聖けんせい上泉伊勢守かみいずみいせのかみ様より免許皆伝を受けた、我が柳生新陰流の秘儀中の秘儀じゃ。

 無論、念力などではないのだが、ご先祖様の無刀取りもまるで念力の様だったと伝え聞いておる故、ワシの技もついにその域に至ったかと思うとつい嬉しゅうての」

「はぁ、そうですか……」


 みどりには話の半分も分からなかったが、怒られる事がなさそうなのは分かった。


「それよりそなた、ここで何をしておった? まさか犬江いぬえ親兵衛しんべえを見張っていたと言うのではあるまいな?」

「あ!」

 

 静香しずかと犬江の事を思い出して、カフェの方を振り返ったが揉めているうちに少し離れてしまった様で2人の姿は確認できない。


「やはりか……、彼奴きゃつめ、こっちが揉めておる間に女と出ていきおったわ」

「そ、そうですか」

「それより、そなたの仕事は八猫士はちねこし探しであろう! お主自身が犬江親兵衛を見張るなどもってのほかじゃ!」

「はい、すみません」

「まぁよい、それよりそなた、犬江と一緒におった女の方に心当たりはないか?」


 その女こそがまさに猫江の彼女なのだが、それが何故犬江親兵衛と一緒にいるのかは、みどりにも分からない。

 その事を話すべきかどうか迷ったが、今話せばきっと猫江が犬江親兵衛とグルになってると疑われるだろう。

 もちらん、その可能性が無いとは言えないが、猫江本人と会ったみどりの勘はその可能性を否定している。

 なんとも脆弱ぜいじゃくな根拠ではあるが、みどりは自分の勘を信じる事にした。


「い、いえ、分かりません」

「そうか、まぁ、彼奴きゃつが仕事で引っ掛けておる女であろう。同伴どうはんとかいう制度があるのじゃろう?」

「そうですね、多分、犬江親兵衛が貢がせてる客だと思います」

「うむ……」


 何事か思案する様に口をつぐんだ但馬守に思い切って提案してみる。


「あの、但馬さん! 私が段取りを付けますんで一度猫江さんと会って貰っても良いですか? できるだけ協力する様にと山下からも申しつかってますし」

「猫江? しかし、彼奴は犬江親兵衛と同じ店で働いておる胡乱うろんな奴、敵と通じておるかもしれんのじゃぞ」

「でも、同じ店で働いてるからこその情報もあるかもしれないし、それにもし犬江親兵衛の仲間なら逆に利用もできませんか?」

「ふむ、密偵みっていのフリをして裏をかく事も出来るか……、まぁ良い、猫江親兵衛とやら、直接会うて人物を見極めてやるか」

「ありがとうございます!じゃあ、段取り付けたら連絡しますね!」


 礼をして急いでホテルに戻ろうとするみどりに背後から声が飛ぶ。


「それまでは1人で危険な事に首を突っ込むでないぞ!」


 みどりは振り返って一礼すると、キャリーバッグを抱えてホテルへと駆け出した。

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