第331話 家路


 マスルでイングラル陛下に顛末を報告し、慰労を兼ねた晩餐会に出席した翌日、俺たちはふたたび『フォールリヒター』に乗り込んでガイリアシティへと向かった。


「ランズフェローからもセルリカからもマスルからも報酬もらっちゃったね! ウハウハだね! 母ちゃん!」


 きゃっきゃとアスカがはしゃぐ。

 ちなみにガイリアに戻ったら、ロスカンドロス王からも報酬をいただくことになるから都合四ヶ国からもらうわけだ。


 額としては、孫の代までみんな働かなくても良いくらい。


 ただまあ、すでにそれ以上の貯蓄がクランハウスにはあるので、莫大な報酬額といっても大騒ぎするようなもんじゃない。

 それなりの額を街の孤児院や救護院に寄付することになるだろうしね。


「金もがっつりあるし、ここらへんで冒険者を引退するって選択肢もあることはあるんだけど」

「やだ! まだまだ冒険する!」


 間髪入れず拒絶するアスカ。

 メイシャもミリアリアも熱心に頷いている。


 まあ、そうだろうね。じつは俺も同意見だ。


 冒険者アドベンチャラーはどうして冒険者なんて呼ばれるかって話。

 それは結局、冒険が大好きだって理由に帰結する。


 知らない道があれば進んでみたくて仕方がない。遺跡とかあったら入ってみたくて仕方ない。ダンジョンなんか見つけたら潜らずにはいられない。

 命がけ? 上等上等。


 そんな大馬鹿野郎が冒険者になるんだ。

 街の近隣で薬草摘みをして満足できるなら冒険者じゃなくて便利屋で良い。

 戦うことが好きなら冒険者じゃなくて傭兵で良い。


 だけど違うんだ。戦闘も戦利品トレジャーも結果でしかない。その途中にある冒険こそが醍醐味なんだ。

 ダンジョンに潜り、「迷宮製作者」と知恵比べするように攻略していく楽しみは、やったことがあるものじゃないと判らないだろうな。


 普通に生きる人たちから、無頼漢だとか、ならず者の一歩手前だとか後ろ指をさされたって、それがどうしたって思いがある。

 もちろん俺だって例外じゃない。


 俺とルークが『金糸蝶』立ち上げたのは、自分たちと似たような境遇にある孤児たちを助けたかった。世の中はそんなに捨てたもんじゃないよって教えたかったから。

 それはもちろん本音だし、いまでもそう思っている。


 だけど当時に、冒険したい旅をしたいって気持ちは常に胸を焦がしている。


「結局、俺は宮仕えには向かないんだよな」


 軍師っていう天賦なのにね。一ヶ所にとどまっていると窮屈に感じてしまう。こいつは才能の話ではなくて性分の話だろう。


「ランズフェローでは、道祖神の招きといいますね」


 俺の呟きにユウギリが応えてくれた。

 ランズフェローにも旅好きは多いんだってさ。

 すっごい遠くの神殿に何十日もかけて参拝にいく人もかなりいるそうだよ。


「でも、アニータの商売を手伝うのも魅力的ですよね」

「それな!」


 ミリアリアの言葉に、激しく同意しちゃった。


 今回の仕事に入る前だから、もう何ヶ月も前の話になっちゃうけど、アニータから提案があったのである。

 ジークフリート号っていう足があるのだから、これを使って貿易をしたらどうかと。


 どんな早馬だってジークフリート号の俊足には敵わない。

 どんな大きな馬車だってジークフリート号の半分の積載量もない。


 こいつで中央大陸の各地をまわり、名産品を仕入れてガイリアシティにもってきたり、逆にガイリアの名産品を持っていったり。


 もちろん商工会とは入念な打ち合わせが必要だろうけどアニータはそのあたりの折衝も任せてくれっていっていた。

 うちの家宰さまは、元商人だからね。


「陸続きの場所だったら、お試しでやってみてもいいよな」

「ネルネルの中でぇ、海を越えることが珍しくなくなってるぅ」


 のへのへとサリエリが笑う。

 たしかになー。苦笑しか出ないけど『希望』の活動範囲がワールドワイドになりすぎだよ。


「たぶんオレたちって、世界で一番長い距離を移動した冒険者じゃないスか」

「そして、最も多くの名産品を食べた冒険者ですわ」


 うん。メグの言う通りだと思う。

 後半の、メイシャの意見はどうでもいいけどね。


 中央大陸だけでなく、東大陸や西大陸までいってるんだもの。普通の人、他の大陸なんて一生に一回もいかないよ。


「でもまあ、冒険しつつ各地の名産品を仕入れるのは、本当に面白そうだよな」


 俺の言葉に娘たちが大きく頷いた。

 冒険者の範疇も、行商人の範疇も超えちゃうけどね。冒険商人アドベンチャラーマーチャントって感じだ。


「けど母さん。ハスターの襲来にも備えなきゃいけないんですよ?」

「あ。忘れてた……」


 ミリアリアの言葉で思い出しちっゃた。

 忘れていたっていうより、忘れてしまいたかった。なかったことにしたかったのに。


 来るっていってたもんなぁ。

 ハスターとは共闘したけど、けっして味方じゃない。


 悪魔の最終目的は世界を壊すことだから。

 それは絶対に阻止しなくてはならない。


「でもさ母ちゃん。何年か先なんでしょ?」

「そうだなアスカ。今すぐじゃない。だけどそれはハスターが言ったに過ぎないんだ」


 信用する根拠なんてどこにもないし、悪魔と戦うための準備期間って考えたら二年なんてあっという間だ。

 そして、やっぱり負けたら後がない。


『希望』は有名になりすぎたからね。俺たちが負けたなんて民衆が知ったら絶望してしまう。

 その絶望は悪魔のエサになり、ますます悪魔を強大にするんだ。


「考えたって仕方ないって! ハゲるよ母ちゃん!」


 べっしべっしと背中を叩かれる。

 ほんっと、どうしてこの娘はこんなにポジティブなんだろう。

 その自信がどこからくるのか、一度訊いてみたいもんだよ。


 でも、一緒ならどんな危機も困難も、笑いながら乗り越えていけそうなんだよな。


「乗客さんたち、そろそろガイリアシティが見えてくるぞ」


 ソンネル船長の声が、伝声管を通して聞こえてくる。


 窓の外を見下ろせば見慣れた城塞都市。


 そして建築中の星形要塞、ガイリア城が見えた。


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