第301話 軍師二人


「ふぉぉぉぉぉっ! でっかい街だねーっ!」


 アスカが奇声をあげたが、俺もさすがに驚いている。

 大セルリカ皇国の皇都、ラキョーだ。


 かつては世界帝国を自称したこともあるというけど、たしかに偉容だよ。

 中央大陸最大の都会であるリーサンサンの五倍以上はあるんじゃなかろうか。

 端から端まで歩くだけで半日くらいかかりそうだ。


「真ん中にあるのがお城ですかね? そんなに強そうに見えませんけど」


 小首をかしげるミリアリアだ。

 着眼点が俺に似てきたな、この娘。


 頼もしくはあるけど、若い娘としてそれはどうなんだろう?

 とはいえミリアリアが食べ物や役者にきゃーきゃー騒いでいたら、それはそれで心配になってしまうんだけどな。


「戦闘用の城塞というより宮殿だな。籠もって戦うってのは想定していないんだろう」

「戦わないんですか?」


「街壁を破られたら終わりって考えてるんだろうよ。つまり街壁が城壁ってこと」

「なのにこの広さです?」


 ミリアリアの表情には、バカですか? って大書きしてあった。

 まあ、守り切れるわけがないからね。こんなに広い街。


 どこを攻められるか想定すらできない上に、そこに兵力を移動するだけで重労働だ。

 守りづらいってのを通り越して、絶対に守れないね。


「攻めたら簡単に陥落しそうな街と城。ではミリアリア、お前だったらどう攻める?」

「……! 攻められません」


 はっとした顔で答える。

 正解にたどり着いたね、賢い娘だ。


 大セルリカの皇都だぞ? 攻めてみろよ、と、全力で挑発しているような街の縄張りは、まさに威を示すためである。

 そもそもラキョーまで攻め上がるなんてできない。


「支配体制がうまく機能している間はね」


 リントライト王国の末期みたいな感じになったら、国の権威もへったくれもないから普通に王都まで攻め込まれたわけだしね。


 ともあれ、攻められる心配なんてしてないから、皇帝の玉座が置かれるのは城でしなくて豪華絢爛な宮殿だ。

 竜華宮っていうらしいよ。






 ものすごく広い内院に、ゆっくりとリアクターシップ『フォールリヒター』が着陸した。

 ほとんど衝撃を感じないのは、さすがソンネル船長のテクニックである。


 タラップを降りれば、宮廷の楽師たちだろうか雅やかな音楽が俺たちを出迎えてくれた。

 なんか賓客って雰囲気で気後れしてしまうな。


「ライオネルどの! 息災だったようだな!」

「お久しぶりですシュクケイどの」


 悠然とした歩調で、だが満面に喜色を浮かべて近づいてきたシュクケイと固い握手を交わした。

 それから、肩を並べて宮殿の中までまっすぐに敷かれた赤い絨毯を歩く。


「歓待しすぎじゃないですか? これ」

「マスルの勅使にはそれだけの価値があるからな。個人的にはこんな国事式典なんかすっ飛ばして、拙宅で酒を酌み交わしたいところだが」

「それはぜひお邪魔したいですね」


 さすがに小声で、前だけをみながら言葉を交わす。

 やがて通されたのは玉座の置かれた謁見の間だ。

 ここもまたバカみたいに広い。


 左右には文武百官が並び、俺たちに興味深げな視線を送っている。

 その視線の中『希望』は足を止め、シュクケイだけが歩を進めて玉座の横に立った。


 はて? コウギョクがいないな。

 玉座の右側に宰相が立つとすれば、左側には大将軍が立つと思うんだけど。


 疑問に感じながら、俺は片膝をつこうとした。

 後ろに控える六人も同様。


 と、そこで玉座から声がかかる。そのままで良いと。


「伏礼は廃したのだ。床を見つめて礼儀に則った態度で嘘を吐かれるより、互いの顔を見て本音をぶつけ合うのが大切だと、朕は心底思い知ったのでな」


 そういって四十代前半とおぼしき皇帝が、ちらりとシュクケイに視線を送る。


 そうか、たしか皇帝リセイミは佞臣たちの讒言ざんげんを信じてシュクケイを放逐したんだったな。


「どれほどの忠良の士を無駄に死なせてしまったのか考えもつかぬ。シュクケイが命を賭して諫めてくれねば、より多く失っただろう」


 猛省し、考えを改めたのだと語る。

 そのひとつめが、目を見て話せ、というとても簡単・・なことだった。


 ちゃんと主君の目を見て悪口を言え。本当に自分が正しく相手が間違っていると思っているならできるはずだろう、と。


「ご賢断、感じ入りました」

「阿呆の知恵は後から出るというやつだ。この程度のこと、最初からできていれば功臣たちを失わずにすんだのにな」


 苦い笑いだ。

 いや、ちゃんと自分の間違いに気づいて身を正すことのできる君主は、名君だと思う。


 俺の知っているところだと、リントライト王モリスンは最後まで自分の考えを改めることができなかった。

 だから何万という兵士や家臣、民衆を巻き込んで滅びてしまった。


「最高の助っ人を送るとイングラルどのは言っていたが、本当に最強の人材を送ってよこすとはな。感謝するぞ、軍神ライオネル」


 こほんと咳払いし、皇帝リセイミは本題を切り出す。


 それはセルリカ皇国の悲願である北方蛮族たちの平定だ。

 近年、強力な指導者を得て急速に力を付け、しばしば国境を侵しているのである。


 その戦いは神出鬼没で、名軍師であるシュクケイですら手を焼いているありさまだ。

 しかも全軍を指揮する大将軍が不在であり、なかなかしんどい状況らしい。


「それは気になっておりました。コウギョクどのはいずこに?」

「コウギョクは産休中だ」


 いっそ重々しくリセイミは告げた。


「へ?」


 間抜けな声を出しちゃう俺。


「この砂糖菓子みたいに甘々な夫婦はな、結婚してすぐに子供をこしらえたのだ。国の大事だってときに」

「いやあ……」


 照れたようにシュクケイが頭を掻く。


「「ほめてないから」」


 思わす俺と皇帝の言葉が重なってしまった。

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