第20章

第296話 共闘!


 強い!

 いや、強いなんて一言では表現できないなこいつ。


 アスタロトと切り離されて孤立無援となったバァルだけど、アスカとサリエリを相手どってまったく危なげなく戦っている。

 俺の目が捉える戦闘と、武器が打ち交わされる音がまったく一致していない。


 見えないほどの速度で振るわれる七宝聖剣や炎剣エフリートをバァルが弾いているんだ。

 そして捉えきれないほどの速度で繰り出される槍を、アスカとサリエリが弾いているのだ。


 三人とも顔色ひとつ変えず、表情ひとつ動かさず。

 どんな次元の戦いだよ。


 ていうか、こんな化け物とタティアナどのは途中まで互角に戦ったんだな。敗れたとはいえ、あの人もたいがい化け物である。


 アスカの七宝聖剣やサリエリの炎剣エフリートみたいな強力なマジックアイテムを持っていたわけじゃない。

 タティアナどのの得物はただの槍だ。銘の入った逸品ではあるけどね。

 それで戦ったんだから、とんでもない槍士ランサーだよ。あいつ。


 使っていたのが魔槍シュトルムウィンドとかだったら、あるいは勝っていたかもしれないな。


「母さん。速すぎて援護できません」


 ミリアリアの言葉で、俺は現況とは関係ない思考を頭から追い出す。

 見れば、ユウギリも軽く首を振った。


 二人の人間と一匹の悪魔の動きが速すぎて、そしてトリッキーすぎてターゲッティングできないのだ。

 そりゃそうだよな。


 見てるだけでも目で追えないんだから、狙えってのは無理な話だ。

 先読みで撃っても、そこに着弾するときにいるのて敵か味方か判らない。もしかしたら誰もいないかもしれない。


 まさに無駄玉になるだけ。


「それなら広範囲にいきますわ。ここは神前ですわ。頭を垂れなさい」


 メイシャがビショップスタッフを振れば、発動したホーリーフィールドから柔らかな光が立ち上がった。

 ただむなしく、なにもない場所で。


「詠唱から発動までの間に戦域が移動するなんて……」

「無駄です。範囲攻撃でなんとかなるなら、とっくにやっています」


 愕然としたメイシャの腰のあたりをミリアリアが叩いた。


 戦域そのものが、ルターニャの大通りを中心として縦横無尽に動き回っている。


 建物の影や屋上まで、ありとあらゆるものをつかって戦っているのだ。

 広範囲といっても戦闘時に発動させる程度の魔法でカバーしきれるような広さではない。


 何日もかけてちゃんと術式を組んで町全体を覆うようにホーリーフィールドをかけるというなら話は違ってくるだろうが、さすがにそんな時間を捻出できるわけがない。


 くそ。ハスターがアスタロトを引き受けていても、俺たち五人が浮き駒になってしまってる事実は動いてないじゃないか。


「……いや、ちょっとまてよ」


 なにも、アスカとサリエリの援護だけがやるべきことじゃない。敵はもう一体いるのだ。


 アスタロトに視線を向ける。

 やはり思念体では勝負にならないのか、黄衣銀髪のハスターは防戦一方だ。


 猛攻をなんとか凌いでいるという感じで、ほとんど反撃はできていない。

 遠からず、ハスターの敗北というかたちで決着するだろう。


 それまでにバァルを倒さなくてはもとの手詰まり状態に戻ってしまう。そう考えていた。

 だが違う。俺たちがいま助けるべき相手は……。


「作戦変更! ミリアリア! マジックミサイルでアスタロトを牽制しろ!」


 びしっと月光で大悪魔を指す。


「は、はい!」


 ほんの一瞬だけ戸惑ったようだが、すぐにミリアリアがマジックミサイルを連射しはじめた。


 初歩の魔法だから威力は大きくないが、とにかく詠唱が短く連射が可能で、誘導性も高く、しかも数を出せる。

 熟練者のアンナコニーなんかも好んで使う攻撃魔法だ。


「なんと!?」


 突然の魔法攻撃に驚き、アスタロトが大きく跳びさがる。

 次々と着弾する魔力弾を巧みに回避しながら。


 やっぱりね。

 喰らってもたいしてダメージじゃないのに避けるのは彼の性格によるものだ。


 ハスターが現れたときもそうだったけど、不測の事態が起きたとき、アスタロトはごり押しを選択しない。

 状況の整理を優先して、次の最良手を考えるんだ。


 そういうタイプのやつを俺はよく知ってるよ。軍師って連中だね。


「ハスター! いまからお前を援護する!」

「滅茶苦茶だな、軍神ライオネル。だが面白い」


 俺の叫びにハスターがにやりと笑った。


 悪魔を倒すため、悪魔と連携して戦う。

 たしかに滅茶苦茶すぎる話で、ハスターの笑いももっともだろう。


「面白いってのはすべてに優先するって、あの陰険なニャルラトテップも言っていたな」


 心底楽しそうにハスターが笑った。

 反対に、アスタロトは苦虫を十匹くらいもまとめて噛み潰したような顔だ。


「味方を援護しなくていいのかね? 軍師ライオネル」

「矢弾を飛ばすだけが援護じゃないさ。あんたもご承知だとは思うけどね」


 ハスターの乱入という不測の事態に際して、アスタロトは撤退を選択しなかった。

 思念体とはいえ邪神と呼ばれるような悪魔が敵に回った。退いて良い頃合いだろうに。


 だけど退かなかったのは、不利になったわけじゃないから。

 ライオネルとかいう間抜けな軍師が、ハスターって駒をアスタロトの足止めに使うって無駄遣いをしたからだ。


 アスタロトがハスターを倒してバァルに合流すれば良いだけ。その間、バァルなら普通に凌げると計算した。


「だけど、ハスターが前衛フロントで俺たちがバックアップって絵図面は持ってないだろ? 新しい計算用紙が必要だな。悪魔アスタロト」


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