第264話 死闘終演


 たしかにダゴンはぼろぼろだ。

 左腕は半ばから消滅しているし、胴体にも大穴がいくつも空いている。


 なにより大きさが二丈(約六メートル)くらいまで縮小している。それだけ身体に蓄えている魔力を消耗しているってこと。


 人間ならほっといても死ぬような重傷なんだけど、悪魔の場合はほっといたら回復してしまうのだ。

 千切れた腕だって生えてきちゃうしね。


 だから、回復を上回る速度でダメージを与え続け、消滅させるしかないわけだ。


「やあ!」


 ジャンプ一番、アスカが放った斬撃をダゴンが右腕で受ける。

 堅い鱗を切り裂けない。

 七宝聖剣の切れ味を以てしても。


 いや、そんなわけはないな。邪神ガタノトーアを斬ることができた剣だ。ダゴンを斬れないとは思えない。

 となると、部分的に防御力を上げることができるってことか。


 厄介だな。

 アスカの攻撃はとんでもなく速くて、俺みたいな凡人には視認すらできないし、へたしたら斬られても気づかないってレベルなんだ。でも悪魔はそれについてくる。


 互角以上に。

 むしろ悪魔と互角に戦えるアスカが人間離れしてるって言い方のほうが正しいかもね。


 ともあれ、ダゴンはアスカの狙ってくるポイントの防御を高めることができる。人間だと盾を持つとか手甲をつけるとか、見た目で判るんだけどね。


「たあっ!」


 ふたたび斬りかかっても、やはり防がれてしまう。

 けどダゴンも反撃に転じられない。


 右腕一本ではアスカの攻撃を受けてすぐに攻撃に切り替えるというのは難しいのだろう。

 と思った瞬間だった。


「ふん!」

「うそんっ!?」


 いきなりダゴンの左腕が生えて、かぎ爪が襲う。

 回避できたのは、アスカだからだ。

 後ろに跳んで距離を取る。


 そして、みるみるうちにダゴンの身体が縮んでいった。二丈ほどだったのが一気に一丈(三メートル)くらいに。


 なんとなく想像なんだけど、巨大な身体を保つってのはそれだけエネルギーを使うんじゃないかな。

 左腕を再生させるのに、それだけチカラが必要だったということなのだろう。


 いや、それだけじゃないな。

 身体の傷も全部なくなっている。


 いったんエネルギーを全部使って完全な状態にしたのか。身体の大きさを犠牲にして。


「たかが人間ってのは、もう思わねえことにする」


 ふうと一度、大きく息を吐くダゴン。

 慢心を捨てたか。


「いくぞ! 英雄アスカ!」

「ちっちゃくなって強くなったね!」


 七宝聖剣とかぎ爪が何度もぶつかり、絡み合った魔力が過負荷の火花を飛び散らせる。


 五合十合。

 ややアスカが押され始める。


「とりゃあ~ うしろから攻撃ぃ~」


 そのタイミングでサリエリが参戦した。

 アスカの攻撃のシャドウになる位置から、嫌がらせのように刺突を繰り返す。


「一騎打ちに割り込むのか! ダークエルフ!」

「えへへへへぇ~」


 怒りをあらわにするダゴンに、なぜが照れたようにサリエリが笑った。


 邪神と呼ばれるような大悪魔と一騎打ちなんかできるわけがないから、こればかりは仕方がない。


 卑怯とかいうなよ?

 そもそも、二対一だって有利になった訳じゃないし。





 剣みたいに長いかぎ爪がかすめただけで、アスカとサリエリの皮膚がただれる。

 おそらく強烈な毒性があるんだろう。


 メイシャが間断なく長距離回復を飛ばしているが、消える傷よりやはり増える傷の方が多い。


 ちょっとまずいな。

 アスカの動きが動物的すぎてダゴンに読まれるようになってきた。

 あいつ野生の勘だけで戦ってるからなぁ。


「サリー! 一瞬だけお願い!」

「あいよぉ」


 サリエリがダゴンの攻勢をほんの数瞬だけ支える間に、たーんたーんとステップを踏んで少しだけ距離を取るアスカ。


「剣よ示せ導きの道標! 其は我が母ライオネルの力なり!」


 まてい!

 なんで俺のときだけ発動ワードが違うんだよ!

 いままで全部、朋友っていってたじゃん!


 苦情を申し立てるよりはやく、アスカが再突撃する。

 繰り出される攻撃を紙一重で回避しながら。


 動きが、変わった?


「せい!」


 逆袈裟に振るった剣がダゴンの胸を大きく切り裂く!


「ぐあああっ!? なぜ!?」

「そっちに避けるって見えたからだよ! これが母ちゃんのチカラ!」


「くっ!」

「次は右に跳ぶ。それも見えてた!」


「ぐああ!?」


 ざっくりと切り裂かれる脇腹。


 未来視だと!?

 俺の先読みは超能力とかじゃないぞ!?

 相手の考え方とか、状況とか、そういうのから読み解いてるだけだよ!?


 ぽん、と、肩を叩かれた。

 横を見れば、メグが半笑いを浮かべている。


 ああ、そういえばあなたの技も、おかしげな解釈をされていたわね。

 すっと俺がさしだした右手を握り替えされた。


「そういう技じゃないから血盟」結成である。


 ともあれ、先読みのチカラを得たアスカがやばい。

 やばすぎる。


 ダゴンの攻撃はすべて回避され、アスカの攻撃はすべて命中するのだ。

 これでは勝負になんかならない。


 が、すぐにアスカが肩で息をし始める。

 そうとう負担がでかいんだろう。


 削りきれるか、アスカが倒れるか、そういう勝負になってきた。


「あすかっちとばっかり遊んだらぁ、うち寂しいぃん」


 ふざけた口調で言いながら、サリエリがぐっと踏み込んで斬撃を繰り返す。

 相手の射程に入っての攻撃だ。

 彼女もここが勝負どころだと考えたのだろう。


 たまらず、ダゴンが大きく跳んで逃げた。

 計算もなにもなく、本当にただの逃げである。


 その瞬間を見逃すほど、うちの娘たちは甘くもぬるくもない。


「がぁぁぁっ!?」

「たった四つしか残ってないマキビシ、全部ここに置かせてもらったスよ」


 いつの間にか前線にあがったメグが、両足を聖なるマキビシに貫かれて身もだえるダゴンにマジックダガーの一撃を入れたあと隠形する。


「この!?」


 探そうとしてもそう簡単には見つからない。

 そしてそんな余裕もない。


「これで終わりですよ。サカナ野郎」


 ミリアリアの言葉とともに飛来した二つの氷の輪が、足を止めってしまったダゴンの首と胴体を輪切りにした。


 三つに分かたれた悪魔の肉体。

 なにか呪詛でも残そうとしたのか、ダゴンの首が口を開く。

 しかしそれも及ばなかった。


「成敗!」


 ざん! と、振り下ろされた七宝聖剣が真っ二つに切り裂いたから。

 戦場の狂風に、邪神ダゴンだったものがさらさらと溶けていく。

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