第263話 たたみかけろ!


 驚いたのはダゴンばかりではない。

 俺もびっくりして振り返れば、メイシャとユウギリが手を組んでまっすぐに伸ばしていた。


「本来、わたくしたちプリーストに託された神の力に、他者を傷つけるための御業はありませんわ」

「ですが、ある条件を満たしたときだけ使える攻撃が、たったひとつだけあるのです」


 それが神罰の雷ホーリーサンダー

 邪悪を打ち払う、この世で唯一の聖属性攻撃魔法だという。


 発動条件は厳しい。

 まず、周囲に神気が満ちていなくてはいけない。


 そしてけっして一人では行使できない。必ず二人以上の神職が力を合わせなくてはいけないのだ。

 これは独りよがりの正義であってならない、という意味らしい。


「けど、ユウギリはプリーストじゃないだろ?」


 俺は首をかしげる。

 天賦は依代、ジョブは弓士だ。

 べつに神聖魔法が使えるわけでもない。


「アマテラスを降ろしましたから、一時的にですが神職と至高神さまが認めてくださいました」


 うん。相変わらずアバウトですね。至高神。

 そんなんで良いんですか?


 あるいはあれかな? アマテラスが口をきいてくれたとか?

 神族の世界にコネとかいうのがあるならって話だけど。


「ですので、ホーリーサンダーが使えるのは、この一回こっきりですわ。あとは任せてよろしいですわね? ネルママ」

「ああ。任せておけ」


 メイシャが掲げた左手に、俺も左手をぶつける。

 ぱん、と。

 ここからは俺の領分だ。


 ダゴンに大ダメージを与えたところからスタートである。これで勝算が立てられないなら、なにが稀代の軍師だって話だよ。


「ミリアリア」

「はい! スリーウェイアイシクルランス!」


 氷狼の杖を振りかざせば、生み出された氷の魔槍が三方から邪神へと迫る。

 ホーリーサンダーのダメージでダゴンはまともに動けない。

 決まった、と思った瞬間。


「ま、守れ! ディープワンズ!」


 ダゴンが叫び、突如としてアイシクルランスの軌道上に半魚人どもが躍り出た。

 アスカやサリエリとの戦いを放棄して。

 肉の壁で主君を守り、次々に氷像と化して砕け散る。


「手下を犠牲にして生き残りますか。浅ましいですね。それならこちらもひたすら撃ち続けるだけです。ダブル! トリプル! クァドラル!!」


 さらに九本の魔槍が飛ぶ。


「守れ! 守れ! もう少しで回復するから」


 ひどい指示に、ディープワンズも必死に形相で攻撃魔法に身をさらす。

 どんどん氷像が作成されていった。


 ミリアリアが頑張ってアイシクルランスの軌道を変えようとしているが、これはマジックミサイルほどの誘導性はない。

 射線上に立ち塞がられると、そいつに当たってしまうのだ。


 それでも、なんとか、ぎりぎり、たった一本だけが防御をかいくぐってダゴンの目前まで迫る。

 にやりと笑うダゴン。


 ミリアリアのアイシクルランスが恐ろしいのは、なにより複数で飛んでくるからだ。

 もちろん一本でもオーガーを一瞬で氷漬けにできるほど強いんだけど、悪魔に対してと考えたら、さすがに役者不足である。


「アイシクルランスだけならぁ、そおかもねぃ~」


 のへーっとした声が響き、どこからか飛来した火焔球が氷の魔槍に衝突した。


 巻き起こるフレアチックエクスプロージョンの大爆発。


 ダゴンもディープワンズも、爆炎のなかに見えなくなる。


「うちたちの前から戦力を下げるとかぁ、おまぬぅなのぉ」


 少し離れたところからのへっと笑うサリエリに、俺は親指を立てて見せた。

 お前さんなら気づいてくれると思っていたよ。『希望』の副長どの。






 ミリアリアのアイシクルランス連弾は、もちろんダゴンに命中すれば最高だったけど、そうならないことは最初から判っていた。

 だから、大ダメージを受けている悪魔が手下を盾として使う可能ってのも織り込んである。


 俺がミリアリアに託した作戦は、なんとか、たった一本だけで良いからアイシクルランスをダゴンの目前まで迫らせてくれ、というものだった。

 あとはサリエリがうまいことやってくれるから、と。


 アマテラスの超回復で魔力も回復している。立ち塞がっていたディープワンズが防御に回っている。そしてダゴンにアイシクルランスが迫っている。


 この状況で何をするのが最適解か、判らない勇者サリエリではない。


「まあ、アンタにも油断はあっただろうけどな。一回防がれたフレアチックエクスプロージョンを、もう一回使うわけがないって」


 俺はうそぶく。

 爆煙がはれたのち、たった一体だけ残ったダゴンに対して。

 ディープワンズはすべて消滅したっぽいね。


「軍師、軍師、軍師……っ!!」


 怒りに燃えた目で悪魔が俺をにらんだ。

 すごいな。

 人類の仇敵から、ここまで憎しみの視線を向けられるなんて。


「お前さえいなければ!」


 ホーリーサンダーとフレアチックエクスプロージョンの直撃を受けて消滅しないのはさすが大悪魔って感じだけど、けっこうぼろぼろだ。

 そして、ここからは小細工は通用しないだろう。


「アスカ! 待たせたな!」

「まーかせて!」


 俺が声を張り上げると、元気な声が返ってくる。


 狂風になびく赤い髪。

 戦闘衝動に爛々と輝く青い瞳。

 英雄アスカの出番だ。


「邪神ダゴン! 覚悟しろ!!」


 遮るもののいなくなった荒野を、七宝聖剣を振りかざして征く。



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