第251話 不気味な町


 インスマスというモンスターは、ようするに半魚人である。


 ただ、半魚人にもいろいろあって、サハギンみたいに人間を襲って食べるやつもいる。マーマンやマーメイドみたいに岩礁で歌って船を引き寄せて転覆させ、積み荷を奪うってタイプもいるんだ。


 まあどっちにしても人間から見たら有害極まりなくて、だからモンスターって呼ばれるんだけどね。

 共存共栄が可能なら怪物なんていわれないし、討伐対象にもならない。


 で、インスマスに関しては、嫌われかたがサハギンなんかの比じゃない。

 なんでかっていうと、人間との混血が可能だから。


 これやばいよね。

 ハーフってさ、かなり人間に近い種族のエルフですら忌まれるのよ。


 これが、モンスターに犯されて子供ができちゃいましたなんていったら、そりゃあ大騒ぎさ。

 もちろん女性だけじゃなくて男だって同じ。間違ってインスマスのメスを抱いちゃって孕ませちゃいました、なんてことになったら気が狂ってもおかしくない。


 なんであいつら胎生なんだろうな。魚だったら普通は卵生だと思うんだけど。


「元は人間だったからぁ、て説がぁ、有力だよねぇ」


 のへーっと言ったサリエリに頷く。

 さすが特殊部隊にいただけあって、いろんな知識に造詣が深いね。


 インスマスってのはモンスターの名前であると同時に、町の名前でもあるんだ。

 発生した奇病によって住民たちが怪物になってしまった、という伝説がある。


「奇病というか悪魔の呪いですよね。魔法学校で習った気がします」


 うそ寒そうに自らの肩を抱くミリアリアだ。

 呪いでも奇病でも、気持ち悪いことに違いはない。


 ただ、それが違う大陸の話なんで気にしてこなかっただけ。

 まさか自分がインスマスにくることがあるなんて、思ってもいなかったよ。


「どうするぅ? ネルネルぅ?」

「うーむ。とりあえず宿を探そう」


「まじでいってんのぉ? ここに泊まるのぉ?」

「町の外で野宿する方がマシだと思うか? サリエリは」


 俺の反問にサリエリが肩をすくめる。

 選択肢の数って、じつはものすごく少ないんだよね。いまの状況。


 俺たちは唐突にインスマスに投げ出された。

 中央大陸に戻る算段もつかない。


 もちろん歩いて帰ることなどできないわけだから、船を見つけないといけないわけだ。

 で、どうやって見つけるかって話さ。


 野宿して待っていれば、どこからか船がやってくる、なんてことはないのである。

 西大陸の人々と交流しなくてはいけないのは道理で、その第一歩となるのはインスマスしか選べないんだ。


 ここで、このあたり一帯の地図を手に入れないと、移動すらおぼつかない。


「大陸公用語が通じるだけでも、最悪の事態じゃないって思いたいところだな」


 東大陸なんて通じない国けっこうあるしね。






 宿屋はすぐに見つかった。

 大通のたぶん中心部、広場っぽいところに面した場所に看板がでいている。

 ほかにも、雑貨屋とかレストランとか市場とか。


 ここがインスマスという町の生活の中心だと考えて良いだろう。

 まあ、どこもやってないんだけどね。


「よそ者がきたから店を閉めてるってことスかねぇ」

「たかが七人の旅人のためにそこまでします? むしろこの時間はやってないって考えた方が自然では?」


「まだ陽は高いスけどね。この時間にやってないとしたら、いつ開店するんスか?」

「早朝とか、夕方とか」


「わざと深夜を外したスね? ミリアリア」

「いやですいやです。夜中しかやってない商店街なんて」


 きゃいきゃいとメグとミリアリアが騒いでいる。

 冗談で紛らわそうとしているのは、やはり二人とも不安だからだ。


「いくぞ」


 すっと息を整え、俺は宿屋のスイングドアを押し開ける。

 閑散としたロビー。

 客の姿はまったくない。


 カウンターには不機嫌そうな中年男がいて、こちらを睨みつけていた。

 客商売として、その態度はどうかと思うんだよ。

 せめて「いらっしゃい」の一言くらいいったら良いのに。


 俺は内心で肩をすくめ、無表情を保ったまま近づいていく。

 横に並ぶのはメグだ。

 交渉事の相方を、今日は彼女が務めてくれるらしい。


「旅のもんか?」

「まあね。部屋はあいてるかい?」

「さあな」


 ふんと鼻を鳴らす主人。

 すごいね。自分が経営している宿に空室があるかどうかも判らないんだ。

 俺は自然な仕草で月光の柄に手をかける。


「もうろくしてるのか? 指の一本二本も落とせば記憶が戻るかな?」


 少しだけ抜いて白刃を見せて殺気を放った。

 まあ、わかりやすい威迫だよね。


 主人の顔に恐怖が走る。よほど荒事に慣れてないと、殺気を向けられて平静ではいられないさ。


「いきなり喧嘩を売ってどうするんスか」


 柄にかけた俺の右手を、ぽんとメグが叩いた。

 それからカウンターに数枚の金貨を置く。


「中央大陸の金スけど、使えるスよね?」


 七人の宿泊料金としてはあきらかに過大だ。相場で考えたら三倍から四倍といったところだろう。

 もちろん西大陸というかインスマスの相場は判らないので、だいたいという判断だが。


 出来損ないの自動人形オートマタみたいに主人が頷く。

 ふむ。

 中央大陸の金が使える、あるいは両替の方法があるということだな。


 これはこれで、ひとつ重要な情報だ。


「足りるスか? 旦那」

「……多すぎる」


 半分の金貨だけとって、残りを押し返そうとする。


「西大陸のことあんまり知らないんスよね。多い分はチップってことでポケットに入れて良いス」


 に、メグが笑う。

 やっと主人も愛想笑いを浮かべた。

 彼女が話のできる人間だと認識してくれたようである。


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