第250話 ここはどこ?


 メイシャが接触型の回復しか使えないとなると、使える戦術の幅が著しく狭くなる。


 極端なことをいってしまえば、俺が三人娘と出会った頃の、あのむちゃくちゃな戦法だってとれないってこと。

 長距離回復ロングヒールが使えることが大前提の作戦なんだから。

 あれを作戦って呼ぶなら、だけどね!


 とにかく最前線までプリーストが上がるってのは、けっこうリスクが高い。

 敵と戦いながら、自分の身を守りながら、周囲に気を配ってけがをした仲間を治療する。最低限、この三つを同時にこなさないといけないってことだから。


 メイシャは(腹が減っていなければ)超優秀な冒険者だが、さすがに悪魔との戦いで全部こなせるかといえば否だ。

 ゴブリンやコボルドどもを相手にしているときとは話が違う。 


「おまえたちは大丈夫なのか?」


 ミリアリアとサリエリに視線を向ける。

 これで、この二人まで魔法に制限があるとかいったら、そうとうにやばい状態だから。

 確認しておく必要があるのだ。


「私の方はとくになにも」

「海辺だからぁ、水の精霊が元気だってことくらぃ~」


 首をかしげるミリアリアと、いつもどおりのへのへしたサリエリ。

 表情を見るに、とくに問題はないっぽい。

 よかった。


「まあ、力の根源が違いますからね」

「そうなのか……」


 魔法というのは、やはり俺たち凡夫からみたら複雑怪奇だ。

 アスカなんかとっくに理解を放棄してあくびしているし、メグは熱心にメモをとってはいるものの頭上には疑問符がたくさん浮かんでいる。


 ともあれ、ミリアリアとサリエリが魔法を使えるだけでも不幸中の幸いというものだろう。

 そう思うしかないな。


「の、わりには弱り切った顔ですね。母さん」

「ミリアリアはだませないか」


 ちょいちょいと指で招き、耳元に口を寄せる。


「ここから先は、なるべく戦闘は避けないといけない」


 小さな声で告げた。

 一瞬だけ俺の目をのぞき込んだミリアリアだけど、小さく頷く。


 防御や回復が完全ではないというのは、戦闘のリスクが跳ね上がるのだ。

 怪我してもすぐに回復できないかもしれない。それはあるいは、死に直結するかもしれないのである。


 あるいは、しなくてもいい怪我を負ってしまうかもしれない。防御がないってのはそういうことだ。

 じつはミリアリアも防御魔法は使えるのだが、これを使ってしまうと攻撃の手が薄くなるし、物理攻撃を防御するのはメイシャでないとやっぱりしんどい。


「メイシャがチームの要ですからね。ちょっと妬けます」

「全員が要さ」


 ぽんととんがり帽子ごしにミリアリアの頭をたたき、俺は短期的な方針を仲間たちに伝えた。




 妙に魚臭い村の中を歩き始める。


「こっちが北スね」


 村の大通りっぽいところを歩きながらメグが言う。

 懐から取り出した方位計を確認しながら。


 これ、ミノーシル迷宮で手に入れたマジックアイテムで、針が常に北を指すというスグレモノなのだ。

 こいつのおかげで俺たちは、まあ道に迷わないよね。


 フロートトレインやリアクターシップにも搭載されてるけど、ここまで小型なものなんて見たことがなかったから、マスルのイングラル陛下に献上せずに自分で使うことにしたのである。


「てことは、海は東に広がってるってことか」

「海っていうか入り江っぽいスね」


 ほぼ円形の湾で、たぶん死港(出入り口が一ヶ所しかない湾)だ。嵐を避けて逃げ込むには最適ではあるが、そのぶん潮流が穏やかで堆積物がたまりやすい。

 悪臭の原因はおそらくそれだろう。


 ていうか、ほんとにゴーストタウンみたいだな。

 人影がまったくない。

 大通り沿いの商店も開いてる気配がないしな。


「リントライト王国崩壊後のガラングランとは、またちょっと違う雰囲気ですわね」


 メイシャが首をかしげる。

 あそこは、なんていうか、漂っているのが暴力と退廃の気配だったよ。

 ここにこびりついているのは、またちょっと違う気がするね。


「変な気配、ですよね」


 むーんとミリアリアも下唇に右手の人差し指を当てる。

 本当に、なんともいえない雰囲気が漂っているんだよ。

 一刻も早くここから離れた方が良い、と、本能が告げているような、そんな感じだ。


「もう! モンスターとか出てきてくれた方が話が早いのに!」


 アスカがぷんすかと怒っている。

 それはそれで問題なんだけどな。


 ここかどこかも判らないのに、メイシャの神聖魔法がほとんど使用不能の状態でモンスター出現は、俺としてはやめてほしいよ。


「ネルネルぅ」


 ちょいちょいとサリエリが俺の背中をつっついた。


「どした?」

「この街の名前、わかったぁ」


 振り向くと、サリエリが薄汚れた案内版を指さしている。


 情報の一つめだ。ありがたい。

 そういって確認した俺は、ちよっと固まってしまった。


「インスマス……だと……?」


 西大陸に存在する町の名前である。

 なんで別の大陸の、たったひとつの町の名前を俺が知っているかといえば、あるモンスターの名前の由来になった町だからだ。


「俺たちは西大陸まで飛ばされたってことかよ……」


 げっそりと呟く。

 本当に、悪魔のやることって不条理すぎる。

 ここからどうしたものかなぁ。

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