第249話 大ピンチなんじゃないか
きしんだ音を立てることもなく、スムーズに扉が開いていく。
「……こいつは予想外だ」
思わずつぶやいてしまった。
なぜなら、扉の向こう側は外だったから。
部屋ではなく、ダンジョンの内部ですらなく、なんと地上である。
「ガイリアにあるダンジョンとルターニャにあるダンジョンを繋いでしまうような悪魔ですからね。こういうこともできてしまうんでしょうね」
驚くを通り越して、あきれたような表情でミリアリアが首を振る。
目の前に展開するの町並みだ。
ゴーストタウンのように人影がなく、なんだか陰鬱な雰囲気である。
そして強烈な磯の香り。
「ここがぁ、どこだとしてもぉ、ガイリアでないことだけはたしかだねぇ」
のへーっとサリエリが笑った。
我が故郷であるガイリア王国は陸封された内陸の国なので海がないから。
ちなみにサリエリの出身地であるマスルにはちゃんと海があって、立派な港も整備されている。
「でも、マスルの港はこんなにくさくないよ!」
「どちらかというと漁村のにおいですね。これは」
顔をしかめるアスカに、ユウギリがやんわりと説明した。
船が発着することをメインとしている港町と、漁業が主産業の漁師町はまったく違う。
後者は網を引いたり魚を荷揚げしたり漁具を干したりするから、けっこう生臭いにおいが染みついているのだ。
町全体にね。
だから、いま漂っているのは海の香りというより魚のにおいである。
まあ、これだって立派に海の香りのひとつなんだけどね。
「そこここの家から気配は漂ってくるス。警戒して息を潜めてるって感じスかね」
「なんで警戒されるんだろう」
メグの報告に首をかしげる。
まだなんにも悪いことはしていないはずだ。
絡んできた村人を殴り飛ばしたりとか、余所者に飯は出せないとかのたまう料理屋を脅しつけたりとか。
やるとしても先の話だろう。
「余所者を見たら泥棒と思えってやつかな?」
排他的な田舎町などでは、そう珍しい考え方ではない。
ガイリアシティやリーサンサンみたいな大都会なら、そもそも余所者の方が多いし、観光客なんてものもいるわけだからあり得ないけどね。
ずっこい田舎とかにいくと、一生のうち一回も村から出ないって人もいるくらいなんだ。
そんなところに、顔も見たことのない人が現れたらどう思うかって話さ。
ばりばり警戒されるよね。
なにか悪いことをしにきたんじゃないかって。
こういうとき人間って、良いことをしにきたとは考えないものなんだよねー。
とはいえ情報収集はしないといけないわけだから、あんまりにも排他的なのも困ってしまうんだよな。
最悪、腕力に訴える必要がでてきてしまうから。
「ネルママ、ちょっとご報告が」
「ん? どうしたメイシャ。腹が減ったのか?」
「いいえ。それよりも少し重大な問題が発生しましたわ」
「まじか。全員ちょっと集まってくれ」
俺は周囲を警戒している仲間たちに声をかけた。
メイシャの空腹より重大だなんて、まちがいなくやばい状況である。
プリーストたちが使っているのは神聖魔法といわれるものだが、厳密には魔法ではないらしい。
魔法というのは学問であり法則性があり、ちゃんと理由があって発動するんだそうだ。
対して神聖魔法には法則性もくそもない。
至高神の奇跡だから。
奇跡に理由は必要ないのだ。
いわれてみれば、メイシャが魔法っていってるのを見たことがない気がするな。
ただまあ、俺たち剣士からみたら、全部一緒なんだけどね。
「ちなみにぃ、うちらが使う精霊魔法はぁ、魔法でも奇跡でもなくて精霊の力なんだよぉ」
「より混乱させることをいわないでくれるか?」
本当にわけがわからなくなるから。
魔法使いの魔法と、精霊使いの精霊魔法と、僧侶の神聖魔法。
それぞれまったく違うなんて。
ともあれ、メイシャの報告はその神聖魔法についてのことだった。
「至高神さまの声が遠く、ほとんどきこえないのですわ」
と。
「というと?」
俺は首をかしげる。
至高神の声なんて、教会でしか聞いたことがない。
男とも女ともとれるような、とにかく荘厳な、自然と頭を垂れてしまうような、そんなお声だったと記憶しいてる。
プリーストたちは、至高神の存在をいつでも近くに感じているらしい。
こればっかりは、しかるべき天賦をもっていないと判らないかな。
「奇跡のほとんどが舞い降りない、ということですわ」
「……ちょっと、待ってくれるか?」
思わず右手を挙げて話を止めてしまう。
むちゃくちゃ大事じゃないか。
回復も支援もできないなんてことになったら、簡単に先端を開くわけにはいかないぞ。
「すべてではありませんわ。回復の奇跡は一人ずつになら使えそうです。飛ばすのは、ちょっと無理そうですわね」
「……ほかには?」
俺の問いにメイシャが無言のまま首を振る。
接触型の回復以外は使えない。
やばいんじゃない?
それって、普通に大ピンチなんじゃない?
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