第232話 軍師はクセモノ


「普通っていうか、かなりやばい相手ですね」


 ふううう、とミリアリアが大きなため息を吐く。


 適当な小部屋まで撤退して、あらためて作戦会議だ。

 ここまで勢いに任せて追いかけてきたが、初めてまともに戦ったモンスターたちは、想像を超えて強かった。


 ちょっと、ちゃんと作戦を立てて挑まないと負けるよ。これ。

 なんていうのかな、セルリカ皇国のシュクケイどのを相手に戦っているような感じ。


 じつは俺、あの人に一回負けてるんだよな。

 二度目はない、というつもりではいるけどさ。じゃあ絶対に勝てる自信があるかって訊かれたら、答えは否だ。


 ダガン帝国のリチューはまったく才幹を振るわせてもらえなかったっぽいから余裕で勝てたわけだけど、フリーハンドで采配を振るえる軍師って正直いってかなり厄介なのである。


「ネルネルがそれいうー?」

「だね! 母ちゃんと戦ってきた敵って! みんな似たようなこと思ったよ! きっと!」


 口々に言うサリエリとアスカだった。

 自省しときます。


 軍師って天賦をもってる人間を軍が囲い込みたがる理由がこれである。そのへんにいる適当な盗賊団を牛耳って指揮なんか執られたらたまったもんじゃない。


 ちなみに、カイトス将軍の腹心であるキリル参謀は、騎士になる前は街の薬屋さんで働いていたらしいよ。

 商店街の揉めごとを解決したら、なんやかんやあってカイトス将軍にスカウトされたんだってさ。


 で、一年くらい軍学を学んで騎士叙勲された。屋敷とか家紋とかも下賜されてね。

 とんでもない成り上がりストーリーだけど、そもそも軍師って天賦があるのに、なんで薬師になったのかってのが永遠の謎だよ。


 ともあれ、軍師なんてものは在野に置いとくべきじゃないって話さ。

 多少のイロをつけても雇ってしまった方が良い。


 じつをいうと、俺にもスカウト話ってあったんだよ? 『金糸蝶』時代とかもね。

 ただ、あんまり強引に誘われなったのは、孤児院育ちで冒険者なんていう最底辺の仕事を生業にしていたから。

 ゴミために生息するアウトロー、だと思われたわけさ。


「いまにして思えば、カイトス閣下はちゃあんと囲い込みましたしね」

「そうなんですの? ネルママは誘いを断ったじゃありませんの。ミリアリア」


 はじめて知遇を得たときの話だ。

 カイトス将軍は、自分に仕えないかと誘ってきたのである。


 俺はそれを断った。

 アスカ、メイシャ、ミリアリアの三人娘を捨てて自分だけが栄達するなんてできるわけないしね。

 そのときカイトス将軍はあっさりと話を引っ込めたのである。


「引き下がってみせただけです。私たちにプレゼントを贈ってくれたり、しっかりコネクションを作ったでしょう?」


 首をかしげるメイシャにミリアリアが微笑する。

 あのときはまったく判らなくて、ただ将軍はお金持ちの良い人なのだ思っただけだったと懐かしみながら。


 カイトス将軍は甘い御仁ではまったくない。

 どうやらライオネルという男は地位にそれほど価値を置いておらず、自由の方を愛する為人だと一瞬で見抜いたわけだ。そしてこいつと良好な関係を築くなら、本人より娘たちを可愛がってやった方が早道だと判断した。


「でしたら、もっと肉をねだっておくんでしたわ」


 惜しいことをしたと嘆くメイシャ。

 やめてね?

 将軍に食事をたかるのは、さすがに恥ずかしいからね?


「ところで、そろそろ真面目に作戦会議しないスか?」


 きゃいきゃいと騒いでいるメイシャとミリアリアに半眼を向けるメグだった。





 ともあれ、敵に軍師っぽい存在がいるのはほぼ確定だろう。

 モンスターに天賦があるってのは、さすがにちょっとリアリティがないんだけど、そうとしか思えない。


 ゴブリンにだって変異種のゴブリンシャーマンとかいるし、そういうものなんだと思うしかないだろう。

 もちろん作戦を考えるだけじゃ勝てない。

 正確に実行する能力が戦闘員には求められる。


「じっさいに剣を交えた感じはどうだった?」

「やばいのぉ。剣だけじゃ勝てないのぉ」


 のへーとサリエリが手を振った。

 敵を称揚しているようにみえて、魔法を交えたら勝てるっていってるね。それ。


 ただ、二対一では難しい。

 詠唱に集中もできないだろうし。


「一対一の局面を作るしかないか。といってもな……」


 敵はこちらより数が多い。

 ざっと目算しただけだが、三十匹くらいいるだろう。


 もちろん全員がいちどに戦える広さはないし、全員がものすごい強さでもない。


 やばいレベルのが四匹。

 壁になっていた五匹の戦士型も、油断できない固さだ。

 あとは、素晴らしいタイミングで防御魔法を使えるのが、たぶん一匹か二匹くらいいるんじゃないかな。


 ほかにも見切れていない戦力がどのくらいいるか、しっかりとした見極めが必要だろう。

 となると、もう一戦二戦、軽くあたりたいな。


「アスカはどう思った? 実際に戦ってみて」

「どうっていうか、ジョシュアにいとニコル兄だと思った!」


 しゅたっと手を挙げる。


 うん。

 なにいってんだお前。


 あと、俺は母ちゃんなのに、ジョシュアとニコルは兄ちゃんなんだな。

 待遇改善を要求するぞ。

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