第198話 ディーシア会戦の顛末


 実際に干戈が交えられていた時間は小半刻(十五分)足らず、戦死者も両軍合わせて二十名に届かなかった。


 二千五百名と二千名がぶつかったとは思えないディーシア平原会戦の結果である。


「遊んでんのかって怒られそうな結果ですけどね」

「誰が怒るものかよ。ハサールめが、凡将の及ぶところではない駆け引きを見たと興奮しておったわ」


 すっかり白くなった顎髭をしごきながらスペンシル侯が苦笑した。


「恐縮です」


 俺は肩をすくめる。


 防御陣形を取っているグリンウッド軍を、スペンシル軍は鶴翼の陣で半包囲しようとした。

 しかし防御陣形は誘いで、すぐに魚鱗の陣に変わっていく。


 それを悟ったスペンシル軍は魚鱗の弱点である横撃を仕掛けるため、より大きく両翼を伸ばし、本隊の守りが薄くなる。


 それこそがグリンウッド軍の狙いで、形成したのは魚鱗の陣とみせかけて偃月の陣だった。

 大将のアレクサンドラを先頭に、一気にスペンシル軍の本隊へと迫る。


 守りが薄くなっているはずのスペンシル軍は、密集円陣という新戦法でこれを受け止め、さらにアスカがアレクサンドラと一騎打ちをおこなうことで時間を稼いだ。


 その間に、置き去りにされたハサール隊とザッシマ隊が合流し、グリンウッド軍の後背に迫る。


 挟撃される危険を避け、アレクサンドラは早々に転進して左翼方向へと撤退していった。


 スペンシル軍も陣形がめちゃくちゃになっているため、無理に追撃はしなかった。


 とまあ、これがだいたいの流れである。


「簡単に言ってるけどな。ライオネル。ちょっと動いただけで陣形や狙いなど判るわけがないからな? 普通は」


 ため息を吐いて首を振るスペンシル侯だった。


 とはいえ、じつは軍師でなくても優秀な指揮官ならやってのける芸当ではあるんだよね。

 たとえばカイトス将軍あたりなら簡単にやっちゃうだろう。


「問題は、このレベルの指揮官が前哨戦に投入されてることですよ。侯爵閣下」

「うむ。アレクサンドラと名乗ったそうだな」

「閣下は心当たりがおありですか?」

「北にあるドワーフたちの国に、その名の英雄がいたはずだ」


 言い置いてスペンシル侯が情報を開示してくれる。


 豪腕アレクサンドラ。

 鋼色の髪と瞳を持ったドワーフの女戦士だ。


 雷帝の斧『グランダリル』を操る無双の勇士で、戦場にあっては一騎当千、兵を率いれば百の兵が万の働きをするという。


温王えんおうに過ぎたるものが二つあり、と歌われるのが、豪腕アレクだ」

「ちなみにもう一つはなんです?」

「辣腕マイオールと呼ばれる宰相だな。儂も面識があるわけではないが、かなりの切れ者だときく」


 なるほど。

 ドワーフたちの国、インゴルスタを支える両輪って感じかな。


 そんな名声のある人物を抱える温王ピリムというのも、きっとなかなか人物なんだろうね。


「けど、ドワーフたちが人間の戦争に加担しますかね?」

「それよ。そこが儂も腑に落ちぬ。やつらは厳正中立を謳っておるしな」


 そうなのだ。

 エルフにしてもドワーフにしても、人間たちの権力争いに興味を示すことはない。

 一部の人里で暮らす変わり種以外は。


「まさかグリンウッド王国に併呑されてしまったとか?」

「それこそまさかだ。ライオネル。国力的に考えても良くて互角だろう」


 グリンウッドに併呑されるほどインゴルスタは弱くないらしい。

 となれば同盟を結んでいるとか、そのへんが有力な考えになるのだが、さっき言ったように、彼には人間の政治には興味を示さないのである。


「とにかく探ってみるしかないですね」

「グリンウッドだけでも頭が痛いのに、インゴルスタまで相手にせねばならんのか……」


 はああ、と、でっかいため息をつくスペンシル侯だった。

 一対一でも圧倒的に劣位なのに、二対一になってしまったら勝算など立てようがないと。

 俺は軽く笑って見せる。


「同盟とか結んでると良いですね」

「何?」

「無関係ならそれ以上手の出しようがありません。ですが、同盟でも服従でも、なんらかの関係があるなら引き裂くことができます」


 まして人間の国とドワーフの国だ。

 考え方だって描く未来だって異なっている。常に軋轢が生じていること、万に一つも疑いない。


「ちょっと風を送ってやれば、すぐに火がつくと思いますよ」

「……本当に、ライオネルがいてくれて良かった。百万の味方を得た気分だよ。儂もお母さんと呼ぼう」

「あんたもかい!」






 侯爵との会談を終え、控えの間で待っていたメグと合流する。


「アスカの様子はどうだ?」


 そして訊ねたのは、愛剣を失ってしまったアスカのことだ。


「だめスね。母ちゃんからもらった剣がぁぁぁって、この世の終わりみたいな顔してヤケ食いしてるス」

「元気一杯じゃねーか」


「メイシャ並みに食ってるスね」

「さすがにそれは止めた方が良いな。死んでしまう」


 なにしろメイシャって、そんじょそこらの男より食べるからね。

 どこに収納されてるの? それ、って訊きたくなるくらい。


 アスカはミリアリアと違って食が細い方じゃないけど、だからってメイシャ並みに食べたら身体を壊してしまうだろう。

 どうしてメイシャが身体を壊さないのかは、至高神のご加護だと本人が言っていた。メイシャを通して至高神が食べているんだそうだ。


 本当かどうかは俺には判らない。


「新しい剣を見繕わないとな」

「良いのがあると良いスけどね」


 俺の言葉にメグが両手を広げる。

 アスカほどの剣客が使う剣となると、さすがにそのへんに転がってはいないのだ。

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