第188話 家に帰るまでが遠征です


 ジークフリートが最高速で走れば、リーサンサンからガイリアシティまで三日もかからない。

 ただ、そんなに急いでも意味がないので、適当に宿場に寄りながらのんびりと帰還する。


「宿場ごとの名物を食べない旅なんて旅じゃありませんわ。そんなものはただの移動です」


 と、大変に立腹しているメンバーもいるので。

 個人持ちになったジークフリート号には、もう名物のジークフリート弁当も売ってないしね。


「でも母さん。せっかくいただいたジークフリート号ですけど、冷静に考えたら邪魔ですよね」


 ミリアリアがひどいことを言っている。

 心なしか、操作盤がすすけてるよ。


「邪魔とかいってやるなよ。可哀想だろ」

「二百人も乗れるフロートトレインを、七人しか戦闘要員のいない『希望』でどう運用するんだって話ですよ。留守番役のアニータを入れても八人なんですよ。私たち」


 ただ、まったくその通りではあった。


 じっさい、俺、アスカ、ミリアリア、メイシャ、メグ、サリエリ、ユウギリの七人は、全員が先頭車両に乗っている。

 残り四両は空っぽだ。

 空気を運んでいるだけなのである。


「人だけじゃなくてものも運べるから、そのへんになんか活路がないかな」


 ふーむと俺は車長席で腕を組んだ。

 操縦席にはアスカ、副操縦席にはメグ。

 観測手席にいるのはミリアリアで、あとは適当にだらだらしている感じ。


 ユウギリなんか床に座布団を敷いて座ってるくらいで、かなりくつろぎすぎである。


「せっかくの俊足なのですから、ピランやマスルの海産物を運んで、クランハウス前で焼いて食べるのですわ。どんなに足の速い食べ物でも、ジークフリートの足には及ばないでしょう」


 メイシャが挙手するようにして発言する。

 悪くないアイデアだ。本当にこいつは食べ物が絡むと素晴らしい冴えを見せるなぁ。


 各地の名産物と料理人を運んで、クランハウスの前で実演販売をしてもらうとか面白そうだ。

 幸いというか、俺たちのクランハウスってガイリアシティの中にはないから、壁の中の権利関係なわばりに気を遣う必要もないしね。


「で、そのイベントで俺たちのカレーライスも売ってみる。これどうよ?」

「え? なにそれ面白そう!」


 アスカがすぐに食いついてくる。

 入れ食いだ。


 俺たちは各地を旅してきたからね。あちこちに知己がいる。

 このコネクションを利用しない手はない。


「メアリーさんも楽しんでくれそう!」

「ですね」

「絶対喜んでくれますわ」


 アスカの言葉に、ミリアリアとメイシャが大きく頷いた。


「ガラングランの人たちも呼んであげたいスね」

「モルグのワータイガーたちもぅ」


 メグとサリエリも口々に言う。

 前者は、旧リントライト王国の王都で売り買いされていた奴隷たちのことをさしているのだろう。

 メグは彼女たちに同情的だったから、解放された今となっても心配しているんじゃないかな。


 サリエリの方は、たんなるお祭り好きだね。

 ワータイガーたちが遊びにきたら、きっと盛り上がると思ってるんだ。


「それでしたら、私も故郷の方々を呼んであげたいです」

「さすがにランズフェローはジークフリート号ではいけないから、またイングラル陛下の力を借りないといけなくなるな」


 ユウギリに笑顔を向ける。

 一回目のイベントでは無理かもしれない。さすがに遠いからね。

 でも、成功を繰り返せば、そういうふうに世界中に輪を広げられるはずだ。


「……いや、ちょっとまて。俺たちは冒険者であって、商売人ではないぞ」

「いまさらなのぅ。ただの冒険者はぁ、国の大事に関わったりしないのぅ」


 混ぜ返すように言って、サリエリがのへへへっと笑う。

 くそう。

 なにも言い返せねえ。






 なつかしのクランハウスが見えてくる。


 ガイリアシティを囲む街壁の外側、草原にぽつんとある三階建ての屋敷だ。

 すぐそばには川が流れていて、屋敷に併設された水車小屋が常に水を汲み上げている。


 で、その水が供給されるのは水田と畑だ。

 ランズフェローから持ち帰った、コメという作物を育てているのである。あと、インダーラの香辛料とかも。

 もちろん、カレーライスを作るための下準備だ。


 ただ、コメにしても香辛料にしても、植えてすぐに収穫できるわけではない。ガイリアで育ったコメが口に入るのは、まだ何ヶ月か先の話になるだろう。


 その水田で働いている人たちが、接近しつつあるジークフリート号に驚いている。


 たぶんアニータが雇った労働者だね。

 比較的年配の女性が多いのは、旧リントライトからの難民を積極的に採用しているからだろう。


「モンスターだと思われたらこまるねぃ。先触れを飛ばすよぉ」


 がらりと窓を開けたサリエリが鳥型の召喚獣を飛ばす。

 アニータに帰還を報せるために。


 いつものようにアスカが羨ましそうな視線を送った。

 召喚獣とか格好いいからね。

 気持ちは判るよ。


 やがて、ハウスの中からアニータが姿を見せた。


「アニータ! ただいまーっ!!」


 メグに操縦を代わってもらい、窓から身を乗り出したアスカがぶんぶんと手を振る。


 元気でけっこうだが落ちるなよ?

 家に帰るまでが遠征だからな? ここで転落して怪我をした、なんて、馬鹿馬鹿しすぎて笑えないぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る