第185話 ドラゴンスレイヤー


「スリーウェイアイシクルランス! ダブル!」


 まずはミリアリアの魔法である。

 六本同時に発射された氷の槍は、しかし全力射撃ではない。彼女は十二本まで同時発射できるのだ。

 初撃でそうしなかったのには、もちろん理由がある。


「Guoooooo!!」 


 かっと開いたブルードラゴンの口から吠え声が轟き、アイシクルランスが砕け散る。


 衝撃波による防御か。

 なかなかに器用な真似をする。


「ですが、私がその程度を予測していないと思われるのは不本意ですね」


 小柄な魔法使いが、に、と唇を歪めた。

 次の瞬間。


「Gyaoooo!?」


 ドラゴンの絶叫が部屋の中に木霊した。

 目や鼻といった、急所に矢が突き刺さっている。


「ミリアリアの魔法を目くらましに使わせてもらいました。オニオコゼの毒矢です。お味はいかがですか?」


 ユウギリの言葉だ。

 彼女はアイシクルランスを追いかけるように矢を放ったのである。

 しかも三本同時に。


 俺も初めて見たときびっくりした射撃技能だ。

 矢羽の一部を咬み千切った矢を同時につがえて放つ。そうすると矢は不規則な軌道を描いて、まったく予想できないような角度から目標物に命中する。


 面白そうなんで俺もやらせてもらったけど、矢はあさっての方向に飛んでいくだけだった。

 ほんと、どうやったらあんな芸当ができるんだろう。


 両目と鼻から青い血を流し、ドラゴンがバタバタと暴れる。

 この程度で行動不能になってくれるような甘い相手ではない。

 みるみるうちに矢は抜け落ち、眼球や鼻が再生した。

 しかし、多少は毒の影響が残るはず。


「けど、そんなのは予想の範囲内!」

「ドラゴンだもんねえ~」


 アスカが右から、サリエリが左から斬り込む。

 二人とも並の剣士ではないし、聖剣オラシオンも炎剣エフリートもただの剣ではない。

 とくに前者なんか、竜殺しの伝説を持つ剣だ。


 ブルードラゴンは前肢に胴体に次々と傷を刻まれる。

 どんどん再生するし、雷光をまとった爪サンダークローを振るっての反撃もおこなわれるが、アスカとサリエリの影すら捉えられない。


 せめて相手が一人ならなんとかなるのだろう。

 しかし闘神の異名を取るアスカと勇者の天賦を持つサリエリのコンビネーションは、小憎らしいほど絶妙でしかも理に適っており、ブルードラゴンを翻弄し続けている。


 激しく尻尾を床に打ち付けて不快感を示し、ドラゴンはふたたび口を開いた。

 雷光の吐息サンダーブレスを放つもりだ、と、俺が警告を発するよりも早く、竜の目の前にメグが現れた。


 そして、パァンと手を拍つ。

 わけのわからない攻撃に驚き、ブルードラゴンは首をのけぞらせ、目を白黒させた。

 にっと笑って、ふたたびメグの姿が消える。


 正直、俺だってびっくりだ。

 今の行動に、いったいどんな意味があるんだよ。メグ。

 びっくりさせるためだけの技とか、謎すぎるわ。


 でもブルードラゴンのブレスが一拍遅れた。

 この際はそれで充分。


「秘剣! 皓月千里!」


 ぶんと月光を振り抜けば、三日月型の剣光が飛び出してドラゴンの胸に命中する。

 ざくりと裂け、青い血が吹き上がった。


「Gyaoooooooo!!」


 怒りの絶叫とともに今度こそサンダーブレスが放たれ、稲妻が荒れ狂う。

 ドラゴンは、黒焦げになって果てる俺たちを想像しただろうか。


「けれど、残念ですわ。こちらが間に合いました」


 輝くようなメイシャの笑み。

 光の繭に俺たち七人は包まれている。


 神聖魔法『神鎧カムイ』。メイシャの使える最も強い防御魔法だ。

 詠唱に必要な時間は長いけれど、その効果は見ての通り。ドラゴンブレスだって防いじゃうのである。


「効果は三十秒ですわ」

『充分!』


 全員が唱和し、総攻撃に移行した。


 ブレスを放ったばかりのブルードラゴンは、サンダークローと尻尾、そして噛みつきで応戦する。

 しかし、こちらの防御魔法の効果が続く限りは、すべて無意味だ。


 三十秒でけりをつける!


 ミリアリアの魔法が、ユウギリの矢が次々と着弾し、ドラゴンがもだえ狂う。

 その背にメグが現れ、無銘のマジックダガーを幾度も突き刺す。


「行くよ! サリー!」

「がってんしょうちのすけ~」


 気合い満点のアスカに、気の抜けまくったサリエリが応え、二人が宙に舞う。

 ドラゴンの長首に左右から同時に決まる斬撃。


 硬い鱗が一瞬だけ二人の剣圧に逆らう。

 しかし、本当に一瞬だけだった。


「せい!」

「とぉ~」


 振り抜かれるオラシオンとエフリート。

 どう、と、ブルードラゴンの首が床に落ちた。


「よし。完全勝利だ」


 アスカとサリエリが決めきれなかったときに備えて構えていた月光を、俺は鞘に戻した。


「いえーい! 母ちゃん!」


 駆け寄ってきたアスカとハイタッチ。

 ドラゴンゴーレムでもシーサーペントでもなく、ヤマタノオロチとかいう怪獣でもなく、正真正銘のドラゴンを倒した。

 これで、誰に憚ることなくドラゴンスレイヤーを名乗れるってもんだ。


「神殺しも悪魔殺しもしてるのに、いまさらって気もしますけどね」


 くすりとミリアリアが笑う。

 いやまあ、たしかに神や悪魔よりドラゴンは弱いけどさ。

 竜殺しってロマンじゃん。

 判ってよ。


「それにぃ、神や悪魔からは素材とれないけどぉ。ドラゴンに捨てるところはないからねぇ」


 その通り。

 サリエリさん、良いこと言った。

 この死体を解体して持ち帰るだけでも一財産なのである。

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