第169話 こいつら強いぞ


 六人。

 ほかに気配はなさそうだ。


「素直に撤収しないということは、せめて俺の首でも持ち帰ろうって腹かな」


 腰の月光に手をかける。

 返事はない。

 じわりと包囲の鉄環が狭まった。


 一様に覆面で顔を隠し、柿色の服に身を包んでいる。

 黒より柿色の方が闇夜に溶け込みやすいと聞いたことがある。黒はかえって目立つのだと。

 こんな場合に、俺はしょうもないことを思い出していた。


「何者か、という問いに応えるつもりはあるか?」

「…………」


 当然のように応えはない。


 無意味な質問は、正直にいえば時間稼ぎである。

 もちろん娘たちが駆けつけてくるのを待つためのね。


 だってこいつら、特殊部隊の火消しピースメイカーを倒してるんだよ? 並の腕じゃないって。

 サリエリと同レベルの使い手だって考えておくのが無難だ。

 そんなのを六人も相手にできるかって話さ。


「まあ、ダガン帝国の猟犬なんだろうけどな。マスル以外の国の首脳を殺して、マスルの責任問題に発展させたいとか、そんな感じか?」


 俺は皮肉げに唇を歪める。

 ロスカンドロス王でもシュメイン王でもザックラントさんでも良いけど、だれか一人でも死んでしまったら国際問題だ。


 もちろん悪いのは殺したやつなんだけど、マスル王国の警備体制について責任は絶対に追及される。

 そしてそれ以上に、国が大混乱に陥ってしまう。


 ガイリアだってロンデンだって建国したばかりで、後継者を誰にするかすら定まっていない。そんな状態で頭を失ったらどうなるか。

 下手を打ったら内戦である。


 ピラン城はたぶん後継者がちゃんといるんだけど、ザックラントさんほどの求心力や決断力があるかどうかは判らない。


 ようするに、誰が死んだって四ヶ国はぼろぼろになってしまうんだ。


 そこに親切面をしてダガン帝国が乗り込んでくる。

 責任を追及されているマスルをかばうような形でね。


 同盟としては失った戦力を補わなくてはいけないし、マスルとしても明確に味方してくれる国を邪険にはできない。

 あからさまなマッチポンプだって判っていても、証拠がなければ追及のしようもないのだ。


「母ちゃん!」


 叫びとともにアスカが駆けつけてくる。

 浴衣姿のまま聖剣オラシオンだけを携えて。


 さすがに装備を調える時間はなかったのだろう。赤い髪は無造作に縛っただけだし、鎧も身につけていない。


「早かったな。アスカ」

「まずは母ちゃんの安全確保が大事だからね!」

「だから、俺そこまで弱くないって」


 苦笑を浮かべる。


 突然の乱入にたたらを踏んだ柿色装束たちだったが、ぐっと一気に包囲を狭めてきた。

 時間をかければかけるほど状況は悪くなるということを知っているのだろう。

 俺としては、とっとと逃げてほしいんだけどな。





 右からの突き込みをいなし、返す刀で正面の敵を切り伏せる。


 と、俺は頭の中でシミュレートしていた。

 しかし敵の動きは俺の想像を超えて速い。


「ぐぅっ!」


 流すだけで精一杯。

 反撃に転じる余裕はまったくない。


 身体を地面に投げ出して、正面からの攻撃を回避した。

 だがまだ敵の攻撃は終わらない。

 次々に繰り出される攻撃を転がりながら避ける。


 こいつら強い!

 反撃どころの騒ぎじゃない!


 俺の方にきている敵が二人、アスカは四人を相手にしている。

 あっちも状況がまずそうなんだけど、援護する余裕はないし策を立てる時間もない。アドバイスすら飛ばすことができず、ぐいぐいと追い込まれていく。


 やばい。

 これはかなりまずいぞ。


「おまたせ~ サラマンダージャベリン~」

「マジックミサイル!」


 威力より詠唱速度を優先した攻撃魔法が、俺とアスカの周囲に降り注ぐ。

 攻撃を中断して退がる柿色装束。


 良いタイミングでサリエリとミリアリアが援護してくれて助かったけど、マジかよ。柿色装束の損害がゼロだ。

 完全に不意を突いた魔法攻撃だぞ。


 しかもそんじょそこらの魔法使いが使ったものじゃない。実戦経験の豊富な二人である。易々とかわせるようなタイミングで撃つわけがないのだ。


「合流するのん~」


 いつも通りのへーっと言ったサリエリが俺とアスカと合流し、ミリアリアはするするとさがってメイシャと合流した。

 回避されたことに驚きはあるだろうが、ふたりともまったく顔に出さない。


 そして、メイシャとミリアリアを守るのは、無銘のマジックダガーを右の逆手で構えたメグだ。


 俺が前線に出ている以上、彼女がスペルキャスターたちを守らなくてはならない。

 つまり、隠形して背後を突くとか、そういう変則的な行動は取れないということである。


 俺がさがってメイシャたちを守るポジションに入るか、という考えが一瞬だけ頭をよぎるが即座に否定する。

 前衛の枚数を減らすのはまずい。


 四対一と数的劣位にあったとはいえ、アスカが防戦一方に追う込まれたのである。

 そんな手練れなんてそうそう滅多にいるものじゃない。

 さすがにメグでは戦えないだろう。


「このまま防御を固めるぞ。時間経過でこいつらは逃げるからな」


 右側のアスカ、左側のサリエリに声をかける。


 敵の策はもう破れているのだ。

 いまはまだ『希望』を倒すという戦術的な勝利を得ようとしているだろうが、あまりに時間がかかるようならそれも断念する。


 そう決断しやすくなるよう、俺は防御戦を指示したのである。


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