第163話 勝利の宴


 数瞬の間、戦場を静寂が支配した。

 スサノオと同様に、人間たちにも何が起きたのか判らなかったのだろう。


 しかし、アスカが高々とオラシオンを天に突き上げたとき、歓声が爆発する。

 戦場から街壁へ、街壁から市街部へ、市街部から城へと、歓喜と興奮は伝播していった。


 あまりの音量に耳が痛くなるほとである。


「ライどの!」

「アサマどの。ご無事でしたか」


 駆け割ってきたアサマと互いの肩を叩いて無事を喜び合う。


 サムライは二十一名が死亡、歩兵は百四十二名が死亡という、けっして小さくない犠牲を払ったが、ヤマタノオロチ撃退には成功した。

 なんといってもルーベルシーが無傷で、住民に一人の犠牲者も出なかったのが大きい。


 俺たち『希望』も、一人も欠けることがなかったしね。

 大勝利といっても過言じゃないだろう。


「けどまあ、ヤマタノオロチが変身したことには驚きましたよ」

「スサノオ神ですな。あれには拙者も仰天でしたが、よくよく思い出してみれば伝説と符合する部分もありましてな」


 凄まじい歓声の中なので、かなり大声で話さないと聞こえない。

 ふとおかしくなり、俺は微笑を浮かべた。

 話は後にしましょうか、と。






 スサノオというのは堕ちた神らしい。


 神様の世界で悪いことをしまくって、追放されてしまったんだそうだ。

 で、地上にやってきてやっぱり悪行の限りを尽くして、姿も邪悪なモノに変わっていった。

 それがヤマタノオロチである。


 そういう民間伝承もあるのだそうだ。同時に、スサノオがヤマタノオロチを討伐した、なんてのもあるから伝説なんていい加減なものだ。


 ところを変えて、アサマの城である。


 戦勝の宴の準備の真っ最中だ。みんな疲労困憊のはずなんだけど、ある意味ハイになっていて休むどころではないらしいよ。

 アサマも、「宴じゃ宴じゃ!」って叫んで、備蓄食料だのなんだのをフル放出しろって指示を出してるし。


 ていうか、早馬とかを飛ばして大名のミフネに報告しなくて良いのかいって感じだよね。みんな宴会モードに突入しちゃってるけどさ。


「それは明日のこととしてよろしいでしょう。いまは勝利を喜び、生き残ったものの無事を祝い、散ったものたちへ感謝と哀悼を捧げる儀式が必要かと愚考します」


 忙しそうに動き回る女衆を手持ち無沙汰で眺めていると、巨大な肉を持って近づいてきたユウギリが笑った。


 ヤマタノオロチの一撃を受けて死んでしまった馬の肉である。そのまま放置しても腐ってしまうだけなので、町衆と協力して解体作業の真っ最中なのだそうだ。

 もちろん食べるために。


 なんというか逞しいよね。ルーベルシーの民もさ。


 俺も手伝おうとしたんだけど、台所は女の戦場なんだから入るなと叱られ、解体や運搬の方は街を救った英雄にそんなことはさせられないと断られ、みんなが忙しそうにしているのをぼーっと眺めているだけという、ダメ親父みたいな境遇に甘んじているわけですよ。


 座っている横には、盆に乗せられた酒とツマミまで用意されているわけだから、ダメ度に拍車がかかってますな。


 ちなみにこのランズフェロー酒というのは、ここいらの主食であるコメってやつから作られているんだそうだ。

 ほのかな甘みがあり、なかなかに美味い酒である。


 ガイリアで呑んでるエールとかブランデーとは、また違った味わいだ。


「おかわりをお持ちしましょうか? ライさま」

「みんなが働いてるのにサボってるのは心苦しいから、もういらないよ。酒よりなんか仕事をくれ」

「ダメです。殿方はどーんと構えていてくださいな」


 くすくすとユウギリが笑う。

 ずっと緊張感の漂う表情ばかりだったから、こういう笑顔を見たのは初めてだ。なんとも新鮮です。


「ところで、娘たちはどこにいったんだろう? ずっと姿が見えないんだが」


 ふと心づいて訊ねてみる。


 城に戻ったときにはいたんだけどね。

 いつのまにかいなくなっちゃったんだ。

 アスカもミリアリアもメイシャもサリエリもメグも。


 買い物に出たとかなら良いんだけど、ちょっと心配なんですわ。


「天啓が降りたらしく、メイシャさんが中心となって何か料理を作っていますよ。城の厨房長までまきこんで」


 簡にして要を得た答えだった。

 まじか。今度はなにをやらかそうとしてるんだ? あいつら。

 ちょっと見てこよう。


「邪魔をしたら叱られますよ。ライさま」

「俺、一応リーダーなんだけど、扱いが悪すぎないか?」


 仲間はずれは良くないぞ。

 寂しいじゃないか。


「ライさまは、ときどき子供のようにおなりなのですね」


 どういう意味かしら?

 あと、そんななまあたたかい目で見ないでちょうだい。


 厨房に近づくと、なにやら人だかりができていた。

 男衆が、興味津々で中をのぞき込んでいるのだ。

 アサマまでね。


「なにをやってるんです? アサマどの」

「おお。ライどの。ちょうど良いところへ。貴殿の娘御たちが、なにやら珍しい料理を振る舞ってくれるというのでな」


 サムライたちが興味津々で見にきたということらしい。


 暇か。

 いやまあ暇なんだよな。


 サムライたちって戦勝の立役者だからさ。宴の準備に参加させてもらえないんだ。休んでいてくださいってね。

 上に置かれるのって、けっこう寂しいんだぜ。


「あいつらの料理ですか。何を作る気なのやら」


 俺も厨房をのぞき込む。

 ふうわりと良い香りが漂ってきた。


 んん? カライを作るのか?

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