第162話 スサノオ


 まず飛び出したのは、当然のようにアスカだ。

 相手の実力が判らないから様子を見よう、なんて消極性とは無縁の娘である。


「えいっ!」


 一瞬にして距離を詰める鋭い踏み込みから、放たれた横薙ぎの一閃。やや驚いた顔でスサノオが受けた。

 聖剣と神剣が衝突し、ばちばちと火花が散る。


「なんだその速度は! 小娘っ!」

「びっくりした?」

「でも、おどろくのはここからだったりぃ」


 声が混じり、アスカの肩にとんと手を付いて飛んだサリエリが、大上段から炎剣エフリートを斬り下げた。

 アスカがダッシュしたのと同じタイミングで、スサノオからブラインドになる位置を取っていたのである。


 この勝負勘こそがサリエリのサリエリたるゆえん。一番いて欲しいポジションにいてくれるのが、銀髪のダークエルフだ。


 このセカンドアタッカーの存在を頼もしく思っているのは、もちろん俺だけではない。

 エースアタッカーのアスカだって、後ろにサリエリがいると判っているからこそ、大胆な攻撃ができるのである。


「んなぁっ!?」


 アスカと切り結んでいるスサノオは動けない。

 普通だったら、このままばっさりとやられておしまいだろう。

 しかし、まがりなりにも神族だ。奇跡のような反射神経で左腕をあげてガードする。


 命か左腕か、という二者択一だ。

 エフリートに切られた肘から下が地面に落ちる。


「おしかったぁ~」


 たいして残念そうでもない声を出したサリエリが、くるりと空中で一転してスサノオの背後に着地した。

 無防備な背中を晒して。


 これでサリエリに注意を向けるようであればスサノオにも可愛げがあるのだろうが、彼はアスカとの鍔迫り合い集中している。

 斬られた左腕のことなど無視して。


 知っているのだ。サリエリの隙だらけの動きは誘いであると。そしてそっちに少しでも意識を割いてしまったら、アスカにばっさりやられてしまうと。


「ふんっ」


 気合いとともにスサノオの左腕が再生する。

 回復魔法を使った様子もないのに再生しちゃうんだから、神だの悪魔だのは反則だよな。


「再生が間に合わない速度で壊せばいいんですよ。八つ裂きリング!」


 怖いことを言ったミリアリアの杖から、高速回転する氷の輪が飛ぶ。


「無視されたらぁ。さみしいのん~」


 そして、サリエリも背後から斬りかかった。


「くっ!」


 さすがにすべてはさばききれないの判断したのか、アスカとの斬り合いを中断し、スサノオは左へと逃げる。

 正面にアスカ、後ろからはサリエリ、右からは八つ裂きリングと、そこしか空いているスペースがなかったからだ。


「もちろんそこは、空きスペースなんかのわけがないんだけどな」

「ぐああああああっ!?」


 スサノオの絶叫が木霊する。

 カルトロップまきびしに足の裏を貫かれたのだ。


 いつのまにかメグがいなくなっていることに、そして隠形した彼女がせっせとまきびしヶ原を作っていたことに、スサノオは気づいていなかった。


 あるいは、最初から栗毛の斥候なんか目に入っていなかったのかもしれない。

 そしてカルトロップにはホーリーウェポンが施されているため、神族に対しても充分な効果がある。


「異国の神スサノオ。ここは至高神の御前ですわ。頭を垂れなさいませ」

「がぁぁぁぁぁっ!」


 さらにメイシャの神聖魔法、ホーリーフィールドが転げ回るスサノオに大ダメージを与えた。


 ていうか至高神も容赦ないな。神同士なのに。

 神聖魔法を喰らっているスサノオの反応が、悪魔どもとまったく同じなんだけど。


「慈愛に満ちた至高神ですが、敵まで癒やせとは仰っていませんわ」


 俺の顔色を読んだのか、メイシャがくすりと笑った。

 たしかに、なんでもかんでも許していたら、神様っていうよりただのバカだ。敵対するものには相応の報いをくれなくてはならない。


「きさまら……人間風情がなめるなよ……」


 ふらふらとスサノオが立ち上がる。

 長剣を杖がわりにして。


「舐めてないさ。全力で戦っているだけだ。勝つためにはなんでもするというだけだ。最初は力を抜いて様子を見てみるか、なんて考えていたアンタの方が、よほど戦いを舐めているんじゃないか?」


 俺は嘯いてみせたが、事実である。


「人間っっっっ!」


 激昂したスサノオが、凄まじい勢いで俺に斬りかかってきた。

 ずいぶんと気の短い神だな。


 舐めているか怒っているかしかないというのは、なんというか、策にはめられるために生きているようなやつである。


 俺はすっと月光を白鞘に戻し、やや腰だめに待ち受けた。

 左手は鞘を支え、右手で柄を握る。


 インパクトの瞬間に最大の攻撃力を発揮するという戦い方で、抜刀術というのだそうだ。

 最初からカタナを抜いて構えているわけじゃないってのが面白いよね。


「秘剣。『光風霽月こうふうせいげつ』」


 ちん、という音は、抜いたときのものではなく、収容した音。

 どさりと剣を持ったまま、スサノオの腕が落ちた。


 自然体からの超高速斬撃。それが月光のもうひとつの力『光風霽月』である。

 何が起きたのか判らずにスサノオは視線を泳がせる。


 次の瞬間、その身体は四つに分断されていた。

 八つ裂きリングに肩から左腕を飛ばされ、炎剣エフリートによって胴を断ち割られ、そして聖剣オラシオンによって首を刎ねられ。

 

 不思議そうな表情を浮かべたまま、スサノオは塵となって大気に溶けていく。

 

 

 

 

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