第141話 ハクゲンの山賊(3)


 ハクゲンの村を治めるのは、ビャクという初老の男性だった。


 最初は胡散臭そうにシリョウ隊長からの紹介状を受け取ったのだが、読み進むうちに顔色が変わっていき、最後には涙ながらに平伏しちゃった。


 ……おい隊長、いったいなにを書きやがった。


「まさか……まさか、かの有名なデモンスレイヤーの『希望』が、我々のためにきてくださるとは……」


 うん。

 違うよね。

 俺たちはハクゲンを救うために中央大陸から渡ってきたわけじゃない。ごく普通に、もっとプライベートな用事だ。


 セルリカ皇国に立ち寄ったのだって偶然ですよ。

 海沿いのルートを使っていればハクゲンの村のことなんて知らなかっただろう。


「シリョウ隊長は天の采配と言っていましたよ」


 俺はくすりと笑い、現在までの状況を説明してくれるよう申し入れた。

 情報がなくてはなにもできないからね。


 ちなみに俺たちの身分って国境守備隊に雇われた冒険者だけど、その国境守備隊に盗賊団をなんとかして欲しいと頼んだのはハクゲンの村だ。ゆえに、依頼主の依頼主っていうよく判らないポジションにビャクはなってしまうのである。


 本当は一本化した方が良いのだが、ビャクもシリョウ隊長も俺たちの行動の自由を確約してくれた。

 掣肘は加えないので好きに動いてくれ、と。


 たかが冒険者に対して、破格すぎる待遇だろう。


「ことの起こりは三ヶ月ほどまえでした」


 ビャクが語り始める。

 最初は家畜がいなくなったとか、その程度の話だったらしい。


 まあ、家畜も大事な財産だからその程度だなんて切り捨てられたらたまったものではないだろうが、まだ村全体の問題として捉えられてはいなかった。


「そこから被害が拡大していったのですか?」

「それが……そうでもないのです」


 鶏がいなくなったとか、倉庫の小麦が一袋消えているとか、商店の品物の数が合わないとか、ささやかというかみみっちい被害が続出している。


「ほんとに盗賊団の仕業なの? それって」


 身も蓋もないことを言ってアスカが首をかしげた。


 盗賊団でも山賊団でも野盗でもいいが、そういう連中に襲われたなら被害はこんなものでは済まない。

 人は皆殺し、金や物資は根こそぎ奪う。それがやつらのやり口だからだ。


 じわじわと死なない程度に搾り取る、というのは国や領主のやり方である。


 ちょっと不満が出る程度、というのが、支配者にとって理想的な民の幸福度だといわれている。

 現状に完全に満足してしまうと進歩がなくなるし、かといって未来に何の希望もなければ勤労意欲すら湧かない。今より悪くならないよう、そしてもうちょっと良くなるように頑張る、というくらいの幸福度が最も支配しやすいのだ。


 口でいうのは簡単だけどね。実際にやるとなったら、複雑な計算式が必要になるし、民の声を逐一集めていないと、どういう方向にどんな不満があるのかすら判らない。ものすごく大変なのである。


 で、盗賊団にそういうことを考える頭があるのかって話。

 そもそも、将来性だの未来への展望だのを考えられる人は野盗に身を堕としたりしないよね。


 物資の管理もできないし、ちゃんとした作戦行動も取れないから、五十人百人って規模にもなりようがないんだ。せいぜい十から二十人くらい。

 それ以上を統制しようと思ったら、ちゃんと軍団経営ができる人材が必要になるから。


 腹が減ったから食い物を奪う。酒が飲みたいから酒を奪う。女を抱きたいから女を奪う。むかついたから殺す。

 その程度のメンタリティしかない。


「そんな連中が、家畜一匹とか小麦一袋とか、手加減したような奪い方をするわけがないんだ」


 俺は腕を組む。

 こういう状況なら、盗賊団よりもむしろ村の中に盗人がいると考えた方が自然だ。


 まさか、村には盗みを働くような人間なんていないんじゃよ、なんてパラダイスなことを考えて、盗賊団の仕業だと言い張ってるわけじゃないよな。

 ちらりと村長を見れば、慌てたように首を振った。


「当初は我らも村人の犯行だと思いました。しかし、街道筋でも被害が出るようになったのです」


 武装した者たちに、通行料をよこせと迫られるのだという。

 金額としては、一人頭金貨一枚。


「子供のお小遣いですか……」


 ぼそっとミリアリアが呟いた。

 俺たち六人で飲み食いしたら一食分にもちょっと足りないくらいの額である。小遣いというのは言い過ぎとしても、少額であることに違いはない。

 実際、そのくらいの額の通行料を取る町や村はいくらでもあるし。


「もちろんハクゲンでは通行料の徴収はおこなっておりません。行商人から聞いて驚いた次第でして」

「なるほど」


 少し見えてきたな。


「ビャクさん。盗賊団の討伐を国境守備隊に願い出たとき、反対した人はいませんでしたか?」

「いましたが。どうしてライオネル様にはおわかりで?」


「反対の理由としては、この程度で守備隊の手を煩わせたら、かえって村の立場が悪くなる、とか、そんな理由じゃなかったです?」


 質問に答えず言葉を重ねると、ビャクはまるで悪魔にでも出会ったような顔になった。


「……青年団の連中です」

「そいつらが犯人ですよ。ありもしない盗賊団の話をでっち上げて、小遣い稼ぎでもしてたんじゃないですか」


 やれやれと俺は肩をすくめた。

 化け物の正体見たり枯れ尾花。しょーもない事件である。


 

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