閑話 経済のサイクルをぶん回せ


 冒険者クラン『希望』がドラゴン型ゴーレムを倒したことにより、リアクターシップの航路の安全は保証された。


 今後は、マスル王都リーサンサンからガイリア王都ガイリアシティまでを、わずか二昼夜で結ぶことが可能になるだろう。

 一般庶民はまだ使うことができないが、緊急事態に際して両国首脳が会談したりなど、用途は幅広い。


 これだけでも立派な功績なのに、『希望』ときたらドラゴンゴーレム守っていた遺跡を開放してしまったのである。


 まさに瓢箪から駒という感じで、さっそく魔王イングラルは調査団を派遣した。

 そして、古代文明の魔法的学的な遺産を数多く収集することに成功したのである。


「値千金という言葉があるが、これはそんな次元の話ではないな」


 というイングラルの言葉が公式記録に残っている。

 それほどの発見があった。

浮遊列車フロートトレイン』と名付けられたモノもそのひとつである。


 簡単にいうと、ものすごく長い馬車のようなもので、これが五両もつながっており、馬が引くのではなく自力走行できるのだ。

 しかも地上からわずかに浮いて移動するため、どんな悪路でも走ることができる。


 巡航速度としては、二頭立て馬車の倍ほど。

 これがリーサンサンからガイリアシティの間を定期的に走ることになった。


 具体的にいうと、五日間の列車の旅ということである。

 しかも一度に二百人もの人間を運ぶことが可能なのだ。

 大量輸送、高速輸送、という、軍略家ならずとも垂涎の技術がぽんと与えられたのである。


 魔王イングラルの言葉は、誇張でもなんでもない。


 ガイリアシティとリーサンサンは、最短で二日、次に速い手段なら五日で結ばれることになった。

 有機的に結合したといってもさほど過言ではないだろう。


 もちろん、フロートトレインが走るためのスペースを作る工事も、街道整備と並行しておこなわれることとなった。


 マスル王国もガイリア王国も、そしてピラン城も、ここぞとばかりに資金を投入し、急ピッチで作業が進んでゆく。

 難民問題などあっという間に解決し、各所で深刻な人手不足が発生する始末だった。


 工事に従事する労働者はどこだって引く手あまた。報酬も充分に支払われる。


 必要とされ、しかもたっぷりお金がもらえるわけだから、彼らは喜んで街に金を落とす。

 食ったり飲んだり遊んだりと。


 そうすると飲食業界が一気に活気づくわけだ。そして店々に食材を卸す仲買業者は大忙しになり、農家や猟師、漁師のもとへと買い付けに走る。

 生産者としては、穫れば穫っただけ、獲れば獲っただけ売れるという状態になった。


 そうなってくると、こちらでも従事する人間を増やそうとする。

 もちろん飲食店や娼館でも同じだ。


 人材の獲得合戦がはじまる。

 ちょっとでも条件を良く、ちょっとでも給料を高く。


 こうして難民どころか、ガイリアシティの貧民街からすらも人が消えてしまった。

 労働者としてスカウトされて。






「孤児院の子供たちにまで仕事の話がきているらしいぜ。読み書き計算ができるなら、短時間でも良いから帳簿係をやってくれないかみたいな感じで」

「景気がよろしくてけっこうですね」


 肩をすくめたライオネルに対して、ジェニファが不機嫌に応じる。

 冒険者ギルドのロビーも閑散としていた。


 仕事を求めてやってくる冒険者がいないからだ。むしろ、仕事をしていない冒険者がいないという言い方の方が正しい。

 完了報告に来たら、もう次の仕事が待っているって状態なのである。

 つまり、冒険者ギルドだって充分に潤っているのだ。


 それならどうしてジェニファが不機嫌なのかといえば、ここもまた人手不足だからである。


 視察から戻って、そろそろ三ヶ月。

 マスル王国に遅れまいと次々と王国政府が立ち上げる事業に人を取られるだけでなく、冒険者のなり手自体が減っているのだ。


 街道の拡張工事に従事しているだけで充分な報酬が得られる、そういう人たちに食事や宿を提供しているだけでどんどん金が貯まる。そんな状況下で、だれが好きこのんで冒険者のような命がけで、しかも補償もなにもない仕事を選ぶというのか。


「この一ヶ月、新規登録者の数はゼロです。それどころか冒険者を辞める人もちらほら出ています。お偉方は頭を抱えていますよ」


 ふうとジェニファが嘆息した。


「ひとつ依頼をこなしたときの実入りは、こっちの方がずっとでかいのにな」

「ライオネルさんたちの成功譚があるから、まだなんとか人をつなぎ止めていられるって感じですね」


 たった三人でスタートした冒険者クラン『希望』が、どんどん名を上げて、いまやマスル国王、ガイリア国王、ピラン卿、ガイリアの大将軍に参謀長などとも普通に会えるくらいにまで出世した。

 これに憧れないような人は、そもそも冒険者になんかならない。


「そんなわけで、新規の冒険者を獲得するため、華々しい功績が必要なんです。ライオネルさんたちも協力してください」

「どんなわけだよ……」


 苦笑しつつもライオネルが頷く。

 冒険者と冒険者ギルドの関係はもちつもたれつ。困っているなら手を貸さなくてはならない。


「ラクリス迷宮。『固ゆで野郎ハードボイルド』が四十四階層で手間取っています。彼らと協力して五十階層まで攻略しちゃってください」


 地下百階層もあると噂される巨大迷宮だ。

 昨年、ライオネルたちが潜ったときには二十五階層くらいまでしか攻略されていなかったはずである。


「もうそんなところまで進んでいたんだな」


 感慨深げなライオネルの瞳には、だがはっきりと挑戦者の炎が宿っていた。


 彼だって冒険者。

 ダンジョン攻略などは、大好物なのである。


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