第85話 いまはこのままで
施設の前には充分な空間があったため、俺たちは発煙筒をたいてリアクターシップを呼び寄せることにした。
「大昔の研究施設かぁ、軍事施設だったのかもねぃ」
半ば倒壊した遺跡を見ながらサリエリがつぶやく。
施設を守るためのゴーレムがこれだけいたってことから考えて、おそらくそれで正解だろう。
ただ、俺たちにそれをたしかめる術はない。
このあと調査団なりなんなりが派遣され、内部をいろいろ調べてから確証が得られるという類いのものだ。
その護衛の仕事が俺たち『希望』に依頼されれば、知る機会も得られるかもしれないけど、さすがに魔族の冒険者に任せるんじゃないかな。
「すごい技術とかが隠されていたら、それを私たちが見ちゃうかもしれませんしね」
というミリアリアの意見は正鵠を射ている。
魔王イングラルとは親しくさせていただいてはいるけど、俺たちはあくまでも異国人だもの。
同盟国とはいってもね。
なんでもかんでもオープンにしていいって話にはならないのさ。
「魔王様としてはぁ。うちをネルネルに嫁がせてぇ。マスルの関係者にしてしまおうって考えてるとぉ。おもうけどねぇ~」
「まあ、あの御仁ならその程度の計算はするだろうな」
のへーっとした顔で政略を語るサリエリに俺は肩をすくめてみせる。
サリエリに下った、しばらくは『希望』と行動を共にせよって命令にはいくつかの意味があるのだ。
まずロスカンドロス王のおぼえのめでたい『希望』に所属することで、ガイリア王国の深部にがっちりと食い込めるってこと。
これが正規の軍人として任官するとかだとかなり警戒されるけど、あくまでも冒険者クランだからね。
ロスカンドロス王としてもある程度は安心できるわけだ。
『希望』ってのはそういう絶妙なポジションなんだよ。
ガイリア王国の正規軍に所属しているわけではない。公的な権力を持っているわけでもない。
けど、国王ロスカンドロスにも大将軍カイトスにも参謀長キリルにも、普通に会えちゃう立場だったりするんだ。
そして会ったら、茶飲み話だけで終わるわけがないよね。
なにかを要求することはできないけれど、お願いすることくらいならできる。
これを「ただ仲が良いだけじゃーん」なんて思えるほど、イングラルはトロピカル大魔王ではないだろうさ。
で、もうひとつは、サリエリ自身が語ったように政略結婚も狙っている。
こっちはあんまり重要度は高くないだろうけど。
なんだかんだいって、俺は在野の人間だから。
招きたいなら招けば良いだけもの。マスルに移住しないかって。
条件闘争はそこからはじまるしね。
たぶん魔王イングラルとしては、万に一つくらいの確率でサリエリと俺がくっついたらラッキー、くらいなんじゃないかな。
「母ちゃんはあげないよ!」
お尻ぺんぺんの刑で、うひうひと変な声をあげながら悶絶していたはずのアスカが復活した。
元気だね。おまえさん。
「そうです。ネル母さんは私たちのものです」
「さしあげるわけにはいかないのですわ」
ミリアリアとメイシャも同調している。
いいんだけどさ、俺はモノじゃないからな?
あげるとかあげない以前に、ちゃんと意志があるんだからな?
ふんすと鼻息を荒くすると、メグにぽんぽんと肩を叩かれた。
なんでお前さんは無言で首を振ってるんだよ。
せめてなんか喋れ。
リアクターシップに、ドラゴンゴーレムの残骸が運び込まれていく。
これはこれで研究対象として貴重らしい。
「さすがは我らがお母さんだ。見事にドラゴン討伐を成功したね」
「だれがお母さんですか」
笑いながら差し出されたソンネル船長の右手を握り返す。
みんな俺のことをお母さんって呼んでからかうのは、どうかと思うんだよ。
そんなに女っぽくないだろ? 俺。
背だって低くないし、顔だってルークほどじゃないけど格好いいんじゃないかなーと思うんだ。
結局、娘たちが母ちゃん母ちゃんいうせいだよな。きっと。
「ドラゴンっていってもゴーレムですからね。これでドラゴンスレイヤーを名乗るのはおこがましいかと」
「なんのなんの。ドラゴンはドラゴンだよ。祝いに秘蔵のブランデーを開けようじゃないか」
「それ、船長が飲みたいだけなんじゃないですか?」
笑い合いながら船長室へと足を向ける。
戦利品の積み込みは船員や仲間たちに任せておいて問題ないだろう。
俺はソンネルに詳細な戦闘報告をしないといけない。
べつに酒が飲みたいわけじゃないよ。
やがて、積載限界いっぱいまで荷物を積み込んだリアクターシップがふわりと宙に浮かぶ。
俺たちををミルトまで運び、その足で王都リーサンサンを目指す。
俺たちの仕事はそれでおしまい。
報酬を受け取って、人型ゴーレムから剥ぎ取った剣や盾を船から降ろしたら完了である。
で、報酬を分配するのだ。
クランの資金にする分を除いて、六人で均等にね。
「リーダー手当とかないのぉ? ネルネル」
「ないなぁ。みんな同格の仲間。それでいいじゃないか」
「にふふぅ。いまはそれでいいけどねぃ」
「……いいたいことは判ってるから、もう少しこのままでいさせてくれよ。サリエリ」
「りょ~」
にまぁ、と、サリエリが笑う。
彼女がいいたいのは権威勾配の話だ。
いまは全員がちゃんと俺の指示に従って動いてくれている。しかし、組織がでかくなりもっと大勢の団員を抱えることになったらそういうわけにはいかなくなる。
中隊長職を設けて、彼らがさまざまな指示を出さなくてはいけない。
そのとき、同格ってのにこだわりすぎると組織が回らなくなるのだ。
けど、『希望』はまだそんな段階には到達してない。
まだまだ組織じゃなくて、文字通りの意味で
「ちゃんと組織になるような日が、くるのかねぇ」
窓の外を見つめながらぽつりとつぶやく。
雄大な景色のなかには、当たり前のように答えなんか見えなかった。
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