第81話 ドラゴン討伐


 ザックラントから、魔王イングラルが会見を望んでいるという話を聞き、俺は謎の魔導機械の前に立った。


 魔導通信っていうんだってさ。

 これで、リーサンサンにいる魔王と話ができるらしいよ。

 眉唾くさい話だろ?


 俺としては、すっげー疑ってたんだけど本当に魔王イングラルと会話できちゃった。

 表面の肖像画が動きだしたときは、かなり驚いたけどね。


 いやあ、単身で通信室とやらに入って良かったわ。

 あの醜態は、さすがに娘たちには見せられないから。


「じつは仕事を頼みたくてな」


 なんて魔王は笑ってるけど、拒否権なんてないんだろうなぁ。

 王の頼みってのは、命令とイコールだしね。


 それは他国の王でも一緒。

 というより、マスルの王の機嫌を損ねるわけにはいかない。


 ガイリア王国とマスル王国は同格の盟友ってことにはなってるけど、力関係なんて明々白々だから。

 お前のところのライオネルが予の依頼を断りおったぞ、なんてロスカンドロス王が言われたら、ひたすら恐縮して頭を下げるしかない。


 そのくらい差があるんですわ。

 対等なんて謳ってたって、実質的には子分みたいなものだからね。


「なんです?」


 俺は肩をすくめて先を促す。


魔晶船リアクターシップが、しばしばドラゴンに襲われてな。追いかけ回されるんだそうだ」

「なんともコメントに困る事態ですね」


 空飛ぶ船ってだけで現実感がないのに、それをドラゴンが追いかけてくるとか、どこのおとぎ話だよ。


「リアクターシップには武装がないからな。ひたすら逃げ回るしかなかったんだが、このほどついに巣を発見した」

「なんだろう。とっても悪い予感がしてきました」

「引き受けてくれないか? ドラゴン退治」

「ほらやっぱり」


 盛大に俺はため息をついた。

 ついにドラゴン退治の依頼がきてしまいましたよ。

『希望』も出世したもんだ。







 事情を説明すると、ジェニファたち元々の依頼者は承諾してくれた。快く、ではないけどね。

 仕事中の冒険者に他の仕事をさせるんだから。


 普通だったら厳重な抗議があってしかるべき事態だ。でも、相手が魔王だしね。

 ジェニファも、アカシア司祭様も、マルガリータ導師様も、ジーニカ女史も、怖いから抗議しませんって結論に達したらしい。

 まあ、視察だって一日二日で終わるってもんじゃないから、その間だけ俺たちを貸すよってことで落ち着いた。


 何泊もして、どの辺にギルドの支部を作るとか、そういうのを検討しないといけない。あと、ザックラントの厚意でピラン城にも滞在するみたいだ。

 その間、何度も会食や会談があるだろう。


 彼女たちにしてみれば充分な成果で、ここで魔王の機嫌を損ねるのは得策じゃないって計算もあると思うよ。

 俺たちを貸すことによって、魔王に対して貸しを作るってね。


「無事に帰ってきてくださいね。私たちの仕事はまだ半分も終わってないんですから。ここで死んだら契約違反ですよ」

「判ってるって」


 なんだか素直でない表現で心配してくれるジェニファに手を振り、俺たちは迎えにきたリアクターシップに乗り込んだ。

 生涯二度目の乗船である。


 なにがすごいって、空飛ぶ船を見て驚いたのはジェニファたちくらいのものだったってことだろうね。

 住民たちがみんな、何度もこれを見てる証拠だ。


「ソンネル船長。またお世話になります」

「今回は近距離飛行だよ」


 そういって、伊達男の船長がにやりと笑う。

 海の男ならぬ空の男って感じで格好いい。リアクターシップによく似合っているね。


「でも、トイレは垂れ流しなのですわ」


 そして余計なことを言うメイシャだった。

 判ってるんだから、乗る前にしておきなさいよ?


「ネルママは判っておりませんわね。大空からするのがいいんじゃありませんか」

「そんな境地にたどり着きたくないぞ。俺は」


 さて、船長がいったとおり、空の旅は長時間には及ばなかった。

 ほんの半刻(一時間)ほどである。


 それでも歩いて三、四日分くらいの距離を飛んでるらしいけどね。

 リアクターシップの速度そのものが速いのと、あとはまっすぐに飛べるってのが大きいんだそうだ。


 やがて見えてきたのはかなり大きめの遺跡である。


「塔? というには低いかな。なんだあれ」

「コロシアム、と、僕らは呼んでいるよ」


 俺のつぶやきにソンネル船長が笑う。

 たしかに闘技場のように見えなくもないけどね。あの屋根っぽいものの下に、客席とか試合場があればの話だけど。


「こちら側からは見えないが、反対側が半分崩れていて、そこからドラゴンが出入りしているんだ」

「了解。死角から近づいてるってことですね」

「そういうことだ。あと、あまり近づきすぎると襲いかかってくるからな。そろそろ下に降りる準備をしてくれたまえ」


 おおう。

 本当にあっという間の旅だったよ。


 連絡用の発煙筒を預かり、装備のチェックをおこなう。

 これは、こすると猛烈に煙が出るアイテムらしく、ドラゴン討伐に成功したり、あるいは戦闘継続が困難で、逃亡した場合に使用する。


 それをみつけ次第、ソンネル船長が迎えに来てくれる手筈だ。

 あとはまあ想像したくもないけど、五日待って何の連絡もなかった場合には、俺たちは仲良くみんなドラゴンの胃袋の中って判断するとのことである。


「そんな未来にはならないよ!」


 むっふー、と、好戦的な鼻息を噴き出しているのはアスカだ。


 ついに冒険者の憧れ、ドラゴン討伐だからね。

 青い瞳は、戦闘衝動に爛々と輝いてますよ。

 興奮するのは判るけど、猪突はすんなよ?


 

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