第80話 ピラン卿との再会


 俺の記憶がたしかならば、ミルトの宿場なんてごくありふれた宿場町でしかなかったはずだ。

 旅籠が何軒かと飲み屋が何軒か、あとは民家がいくつかあっただけ。


 少なくとも、三階建ての宿が建ち並び、多くの人や魔族、亜人が闊歩するような賑やかな街ではない。


「機を見るに敏ってことですか。人間よりも魔族の方が」


 そういって、乾いた笑いを浮かべながらミリアリアが指さすのは行列だ。

 行き着く先を目で追えば、見たことのある看板が掲げられている。『食いすぎて死ね!』と。


 忘れようったって忘れられるモノじゃない。

 マスル王都リーサンサン名物、スモーガスボードっていう狂気に満ち満ちた飲食店だ。

 一定料金を払って入店し、店にあるものなら好きなだけ食って飲んで良いのである。


「こっちに支店だしたんだね~」

「はやいぜ。はやすぎるぜ」


 感心してしまうよ。


 リントライト王国が消滅し、これからは密貿易ではなくて自由貿易になる。

 国境なんて、あってないようなもの。

 ガイリアとマスルの国境付近は、自由に人々が行き来するようになるだろう。


 皮肉な言い方をすれば緩衝地帯ってこと。

 格好良く表現するなら自由の領域とかそんな感じかな。


 ガイリアに援軍を出すときに、魔王イングラルが条件として出したのが、両国国境付近の往来自由ってものだったからね。

 無料で軍を出してくれたわけじゃないんだ。


 だから、こういう絵図面はその時点でイングラルは持っていただろう。それにしたって早いけど。

 援軍を出すって決めたときには、もう準備に入っていたんじゃないかってレベルの用意周到さだよ。魔王陛下。


「まあ、準備に入っていたんだよ。ライオネルくん」

「ザックラントさん!?」


 馬車に近づいてきた人影に驚いて、思わず大きな声を出して客車キャビンから飛び降りる。


「久しぶりだね。元気だったかい」

「おかげさまで」


 がっちりと握手を交わした。


「なんでこんなところにザックラントさんが? ピラン城はどうしたんです?」


 それから事情を聞くあたり、俺も順番があべこべだな。

 それだけ懐かしい顔だったし、嬉しい再会でもあるから。

 魔王城で別れたきりだったし。


「積もる話は宿でしようじゃないか。ライオネルくんたちが近づいているって報告を受けてから、ずっと楽しみだったんだ」


 気軽に肩などを叩きながら先導してくれる。

 ちゃんと情報網も構築されてるってことか。


 本当に変わってないな。この人も。

 どこまでも気安い様子だけど、しっかりとおさえるところはおさえているんだからね。







 カイトス将軍が指揮を執り、軍師ライオネルが補佐をする。

 それなら負けるわけがないから、すぐに交易の準備に入って大丈夫。

 と、魔王イングラルはのたまったらしい。


 そしたらすぐに商人たちは動き出して、なんとグラント魔将軍の軍より先に出発しちゃった人も多かったんだそうだ。

 魔族の商魂、逞しすぎるぜ。


「私はカイトス将軍という御仁は知らないけどね。ライオネルくんがいるなら負けるわけがないって部分で魔王と意見が一致したんだよ」


 それでピラン城も、ミルトへの街道整備に乗り出した。

 結果として移動時間が大幅に短縮されたのだという。

 いままでだったら歩いて二日かかった距離が、一日で到着できるようになり、馬などを使った場合には普通に日帰りできるほどに。


 つまりミルトの宿場は、マスル国境から一日、ピラン城からも一日という、とんでもない好立地の町になったわけだ。

 まさに貿易の中継地点だから、この数ヶ月で人も物も爆発的に増えているのである。


「それは良いんですけど、ふたりとも俺のことを過大評価しすぎですよ。百戦百勝なんてありえないんですから」


 腰を落ち着けた高級宿のロビーで、俺は両手を広げてみせる。


 ここもピランの出資で作られたんだってさ。

 うかうかしてると、商売の美味しいところはみんな魔族に独占されちゃうぞ。新ミルト市の建造計画は急いだ方が良い。絶対に。


「そうかな? じゃあきみの同行者たちにアンケートを採ってみよう。ライオネルくんが負けるかもって、ちょっとでも思った人は挙手してくれたまえ」


 悪戯っぽい表情で口調で、ザックラントか女性陣をぐるりと眺める。

 アスカ、ミリアリア、メイシャ、メグ、サリエリの『希望』メンバーは手を挙げなかった。まあ仲間だからね。

 ひいき目もあるでしょう。


 けど、ジェニファもアカシア司祭様もマルガリータ導師もジーニカ女史も手を挙げないのはどうかと思うよ。

 あなたたちは、いち冒険者に肩入れしちゃいけない立場でしょうが。


「九対一。私と魔王陛下を入れたら十一対一だね。もっとも民主的な方法でライオネルくんは無双の軍師だと決まったぞ」


 ザックラントが笑う。

 単なる数の暴力じゃないか。

 そもそも、軍師の能力の善し悪しは投票で決めるようなもんじゃないっての。


 まあ、知っていてふざけているんだろうけどね。

 場を温めるために。

 そういう部分って、このオッサンは非常に上手いのだ。気づけばみんな和気藹々と話をしてしまっているんだよ。


 俺は、あらためてジェニファたちを紹介する。

 一気に親和力が高まり、そのまま夕食会に突入って流れになった。


「魔王イングラルは端倪すべからざる人物ときいていましたが、ピラン卿ザックラントという御仁も、なかなか……」


 ジーニカ女史がぽつりと呟く。

 ロスカンドロス王に報告することが増えたってところかな。


 でも、ザックラントの人格を見抜き、ついていってるあなたたちも充分に只者じゃないんだけどね。

 うちのアスカなんて見てみなさいよ。


 ふつーにザックラントと肩を組んで歌ってる有様だよ。

 腹芸なんて言葉を知らないんだから。

 

 

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