第79話 オカンドンカン
移動は馬車である。
もちろん乗合ではなく専用のものだ。
冒険者ギルドも、至高神教会も、魔術協会も、自分のところで用意すると主張して譲らず、公平なくじ引きの結果として、ギルドが所有する二頭立ての馬車が使われることになった。
なんでそんなところで意地を張り合うんだか。
つーか歩こうよ。
親からもらったら足があるんだからさ。
馬車で移動するってことは、泊まる旅籠だって馬留があるような高級宿になるんだよ? お金がもったいないでしょ。
俺の財布から出るわけじゃないけど。
「天下の名軍師さまに御者をやらせてしまって恐縮です」
御者台の隣に腰掛けたジェニファが言う。
にこにこ笑いながらじゃなかったら、その言葉を信じることができたんだけどな。
あ、冒険者ギルドの担当者はジェニファ。至高神教会からはアカシア司祭様。魔術協会からはマルガリータ導師。そして、なぜか同行を申し出た国王秘書官のジーニカ女史。
狙ったかのように、妙齢の女性ばっかりである。
なにこの拷問。
十人の内、九人が女なんだよ?
泣けるでしょ。
しかも、俺が御者をやるときに誰が隣に座るかってくじ引きとかしてんだよ。
押しつけあうなよ。可哀想すぎるだろ。おもに俺が。
「しっかし、王国政府まで人を出すとか、貧乏性すぎるよな。護衛くらい自前で用意すれば良いのに」
立派な軍隊があるんだからさ。
俺たちがミルトにいくなら、ついでだからジーニカも連れて行けとか、うちの王様は効率的なんだか貧乏くさいんだか、よくわからんよね。
「ライオネルさんほどの人でも、自分の背中は見えないものなんですね」
「なんだ? それ」
ジェニファの言葉に首をかしげる。
「ミルトに行って、それで終わりのわけがないじゃないですか。最低でもピランには行かないと」
「ああ、それはたしかに」
ミルトからピランまで二日の距離だ。
そんな近くまできているのに、ザックラントに挨拶もしないってわけにはいかないだろう。
で、それに同行すれば、ギルドも教会も協会も政府も、内々にピラン卿との面識を得ることになる。
これは、後におこなわれるであろう公式会談の場において、他の組織に比較して、たいへんに有利に働く。
知人の紹介ってやつだからね。
そしてザックラントを通じて、魔王イングラルへの紹介があるかもしれない。まあそこまでは望みすぎとしても、間違いなく話題くらいにはのぼるだろう。
これだって立派なコネクションだ。
「機を見るに敏ってやつだな。さすがにでかい組織は抜け目がない」
感心しちゃうよ。
「それだけだったら、女ばっかり送り込まないですけどね」
「ん? なんて?」
蹄と車輪の音で、小さい声は拾えなかったりするんだよ。
ちゃんとはっきり発音してくれ。
問い返すと、なぜかジェニファが笑った。
「なんでも訊くのは良くないですね。軍師さま。ご自分で考えられるのがよろしいかと」
うっわ。
すごく意地悪されたよ。
二頭立ての馬車だと徒歩の移動よりずっと速い。
十日かかるミルトまでの行程は、半分の五日で済んでしまうのだ。
つまり宿場を一つ飛ばしで進んでいる計算である。
朝出発して、次の宿場で昼食をとり、その次の宿場に宿泊するってペースだ。
で、だいたい昼までは俺が手綱を握り、昼からは『希望』の誰かに交代するって感じ。
半刻(一時間)ごとの小休止のたびに、隣に座る人は交代するんだけどね。
「前に旅をしたときに比べて、ずいぶんと宿場も賑わっていますわね」
「予備調査は始まっているし、気の早い連中はもうミルトに移住を始めてるからな」
四日目の昼食どき、牛肉を串に刺して焼いたものを頬張りながらメイシャが感心した。
料理の味も格段に良くなってるんだってさ。
こいつの味覚記憶はどうなってるんだろうな。
ともあれ、それは流通が良くなっているって証拠だし、人が増えている証拠でもある。
行き来する人が増えるってことはさ、客商売のうまみが増していくってことなんだ。
だから、飲食店の数が増える。
そしてその中で競争がおきるから、味で勝負したり価格で勝負したり、あるいは量で勝負したりと、店主はいろいろと考えるんだよね。
「もう移住してしまうのですか? それはずいぶんと気が早いですわね」
目を丸くするメイシャ。
大都市建造の計画は決定しているけど、まだ着工していない。
縄張りだってこれから作るんだしね。
でもね。目端の利く人ってのは、こういう段階から動くんだ。みんなが動き始めてからじゃなくてね。
たとえば、とっととでかい飲食店とか宿を作ってしまったりとか。
すると縄張りを引く担当者は「じゃあそのあたりを中心として飲食店街をつくるか」ということになるわけで、いきなり中心的なポジションを占めることができる。
まさに先行投資ってやつだね。
「でしたら、わたくしたちのクランハウスも、ミルトに作ってももらえばよかったですわね」
むーんと唇をとがらせて小首をかしげる。
美人がそんなポーズをしないの。
男の九割くらいは誘われてると勘違いして襲いかかってくるわよ。
「あの場所に作るんだいって熱心に主張したのはお前らだからな?」
やれやれと俺は肩をすくめてみせた。
新ミルト市の構想を知っていたら、俺だってそっちに拠点を移した方が良いんじゃないかって思っただろうさ。
ほんと、未来って誰にも判らないもんだよなぁ。
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