第74話 賢者ミリアリア


 メイシャと二人、談笑しながら家路を歩いていると、ものすごい爆発音とともに、真っ白い煙のようなものが上がるのが見えた。

 クランハウスの方角である。


 一瞬だけ顔を似合わせたあと、俺とメイシャは駆け出す。

 すわ襲撃かと。


 しかし、結論からいうとクランハウスは無事だった。

 アスカとメグが驚いて外に出ていたため話を聞くと、音はもっと遠くから聞こえたらしい。


 そうこうしているうちに、わが『希望』にとっての母なる川を、どんぶらこどんぶらことなにか流れてきた。

 いや、なにかっていうか、ミリアリアとサリエリだね。

 土左衛門水死体みたいにぷかぷか浮かんで。


「て、うぉい!」


 解説している場合じゃなかった。

 俺とアスカが川に飛び込み、なんとか二人を引っ張り上げる。


 すかさずメイシャが回復魔法を使って、二人を癒していった。

 最近の活躍で使えるようになったばかりの、極大回復魔法である。ちぎれた腕や足までくっつけてしまえるほどの効果で、大司祭級といっても過言でない魔法なのだ。


 つまり、それを使わないといけないほどの状態だったのである。

 二人とも。

 よく生きていたなってレベルだった。


「……敵はいないス」


 油断なく周囲の気配を探っていたメグが報告してくれる。

 軽く頷き、俺はメイシャの治療を注視した。


 服はぼろぼろだし、酷いやけどを負っているし、おそらく魔法による攻撃だろうけど、魔法使いと魔法剣士にこんなダメージを与えるなんて、相手は何者なのだろう。


 やがて治療が終わり、完全にミリアリアとサリエリの傷が消える。

 さすがに服までは直らないけれども。


「ふう。兜がなければ即死でしたわ」


 額に噴き出した汗を拭い、メイシャが謎の冗談を飛ばす。

 なんだよ兜って。

 二人ともそんなもん最初からかぶってないじゃないか。


 まあ、安心して軽口が叩ける状態になったということなんだろうけどね。

 ついさっきまで彼女の顔は鬼気迫るものがあったから。

 それだけ必死に回復魔法を使っていたわけだ。


「メイ。飴」

「助かりますわ」


 アスカがメイシャの口に飴玉を放り込み、ふらふらになった彼女に肩を貸してクランハウスに入っていく。

 いつまでも外にいても仕方がない。俺はサリエリを抱きかかえ、メグがミリアリアを背負ってハウスへと向かった。






 やがて、意識を取り戻した二人から話を聞いたところ、敵襲でもなんでもないことがわかった。

 なんと、魔法の実験をしていたらしい。


 そして考えていた以上の威力に、使った本人たちが吹き飛ばされて瀕死の重傷を負った、と。

 なにやってんだって話である。


 メイシャなんか呆れ果てて、「回復してあげるんじゃなかったですわ」とか言って自室に帰っちゃったよ。

 それだけ心配していたってことなんだけどね。


 ミリアリアとサリエリは、あとでちゃんとメイシャに謝っておくのよ? いいわね?


「はい……」

「反省してるぅ」


 ともあれ、昼食を作っていたミリアリアがしょーもない発見をしたのが、ことの発端である。


 熱くなったフライパンに水滴が落ちるとバチバチって弾け飛ぶだろ?

 手とかにはねたら、すっごく熱いんだよな。

 あの勢いを魔法で再現したらすごいんじゃないかって思ったらしい。


 それで、人間を一瞬で消し炭に変えるくらいの極高温の槍であるサリエリの「火蜥蜴の舌サラマンダージャベリン」と、人間を一瞬で氷像に変えてしまうほどの極低温の「氷の槍アイシクルランス」をぶつけてみたんだそうだ。


「そしたらぁ。ものすごい爆発が起きちゃったのぉ」


 いつも通り間抜けなしゃべり方ながら、がたがた震えているところをみると、そうとう怖かったっぽい。


魔素エーテルの量が、たぶん一瞬で二千倍くらいに膨らんだんです。なにが起きたか判らないまま、二人とも吹き飛ばされていました」


 ミリアリアも青ざめている。

 俺には魔法のことはよく判らないけど、アイシクルランスのエネルギーが二千倍になって弾け飛んだってことか。


「ちょっと想像もつかないな」

「とんでもない新魔法を生み出してしまったよぅ」

「実戦で使ったら大量殺戮ですよ。やばいです」


 それ以前に、自分が死ぬんじゃと訊ねたら、それは二つの魔法がぶつかる位置の問題なので、どうとでもなるらしい。

 たしかにすごい音と煙だったよな。


「人に使ったらやばいってことか。でも、なんもない場所で使って示威にするって使い方ならいけるかもな」


 ふーむと俺は腕を組む。


 あの音だもの。

 馬とか絶対びびりそう。

 そしたら、今回の作戦に使っても良いかもしれない。


 こっちが少数だと思って油断してる王国軍の目の前でどかーん。これはかなりの示威効果が期待できるだろう。

 もともと士気が下がってるうえに、恐怖が勝ってしまったら、一斉に逃げる可能性もある。


「その魔法を、人に当てないように調整することはできるのか?」


 訊ねてみると、それは簡単だとの答えが返ってきた。


「ちなみに名前は、フレアチックエクスプロージョンです。ネル母さん」


 胸を勝ってミリアリアが教えてくれた。

 さすが俺の娘。格好いい名前を付ける。

 大夜逃げ作戦と良い勝負だよな。


「サリエリもそう思うだろ?」

「…………」


 おい。

 なんで無言のまま目をそらすの?


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る