第73話 軍師の決意は


「助けましょう。圧政に苦しんでいる人がいて、しかも同国人です。これを見過ごしては、建国されるガイリア王国だってかなえ軽重けいちょうを問われることになります」


 俺の言葉に、カイトス将軍は不敵な笑みを、ドロス伯爵は苦笑を浮かべた。


 だよな。

 見捨てるべきだ、なんて偽悪的なことを言ったとしても、腹の内では伯爵だって助けたいと思っているはずなんだ。


 なにしろこの人は、領内の孤児院に膨大な額の援助をしている。

 孤児院産業・・なんて揶揄されるくらいに。


 それはもちろんマスル王国が密貿易の条件として提示しているから、というのもあるけれど、孤児なんてどうでも良いと伯爵が思っているなら、ここまで手厚い支援なんかしない。

 もっとずっとおざなりに、形だけのものにとどまっていただろう。


 孤児たちが読み書きを習ったり、軍略の勉強をさせてもらえたり、魔法を学ばせてもらったりなんかできないはずだ。


「ガイリア王国は、リントライト王国と違って人を大切にする。そう思われるだけでも、建国する意義があると思います」

「判った判った。皆まで言うなライオネルくん。国の礎は人だからな」


 降参だとでもいうように伯爵が両手を挙げてみせる。

 三対一で、助けるという答えで決着した。唯一の反対者も納得したので、これで万事解決だ。


「では、どうやって助けるか、だの」


 カイトス将軍が腕を組む。

 ことは、ここから技術論に移るのだ。


 王都に侵攻して王国軍を蹴散らし、民衆を解放する、なんていうと格好いいが、まずそれは難しい。


 現状の王国軍の士気を考えたら、今のガイリアの全軍、約二万で攻めれば勝てるだろう。

 数だけはまだ五万以上いるだろうけどな。


 士気がガタガタだもの。

 決戦場に到着するまでに、八割くらいが逃亡しちゃうんじゃないかな。


 問題はそこじゃなくて、その士気の低さを考えたら野戦なんか選択しないだろうってことなんだ。

 王都ガラングランの城門を固く閉ざして、籠城してしまう。

 これが一番まずい。


 ガラングランも、ガイリアと同じで生産より消費の方がはるかに大きいからね。大都市の例に漏れず。

 ということは、食料が運び込まれないとあっという間に飢餓が発生してしまうってこと。


 もちろん、仮にも一国の王都なんだからそれなりの備蓄はあると思うけど、王国政府や王国軍が、それを庶民のために使うと思うかい?

 民には我慢を強いるけど、自分たちの生活はいっさい変えない。

 もう、火を見るより明らかだね。


「大軍で包囲してしまえば、いずれ城門は開くだろうけどな。内から外へ向けて」


 腕を組んだままカイトス将軍が言った。


 ガラングランに住む民だって、いつまでもおとなしく我慢なんかしていない。限界に達したら武装蜂起が起こるだろう。


 それを城門の外で待ち構えて、思う存分物資を与えてやるってのが、じつは人気取りとしては一番良い。

 判りやすく、正義の味方、民衆の味方ってポジションを占められる。


「けど問題は、その手だと人が死にすぎるってことなんですよね」


 市民と王国軍の衝突は避けられないし、市民に味方する王国軍と王国に忠誠を尽くそうとする王国軍の衝突も避けられない。

 そんなのが起きたら、何万って人が死んでしまう。


「死者をゼロにはできません。どれほど最善を尽くしても死んでしまう人はいます。けど、それを一人でも二人でも減らしたいんですよね」


 俺たちみたいな孤児が増えるのは、あんまり見たくないんだよ。

 青臭いって言われるかもだけど。

 かつてルークと誓い合った言葉は、まだ俺の中で生きている。


 子供たちが笑って暮らせる世の中を作ろう、と。


「ネルママ……」


 メイシャが俺の手を握る。

 あれ? 気を遣わせちゃったかな。

 いかんいかん。


「カイトス将軍。また指揮権と兵を貸してもらえますか? 二千ほど」


 ふてぶてしい表情を作り直し、将軍に頼んでみる。


「二千? 倍でもかまわんが」

「いやいや。ガイリアの守りを薄くするのもまずいですからね」


 他の貴族軍がガイリアを狙ってくる可能性だってある。それが群雄割拠というものだ。


 現状、カイトス将軍と二万以上の軍がいる、という評判がガイリアを守る盾となっているけど、それが王都に向けて進発したって知られたら、野心の虫が動き出す諸侯だっているだろう。

 王国政府から見なくたって、豊かなガイリアは垂涎の的なのだ。


 それにまあ、二千程度なら失敗して全滅してもなんとかなる数字だしね。


「なんともならん。汝を失うことは、十万の軍勢を失うに等しいと知れ」


 冗談めかして言ったら、将軍に怒られちゃった。

 恐縮です。


「あんまり多いと目立ちすぎて、かえって工作が失敗する可能性が高くなってしまいますからね」


 軽く頭を下げた後、俺は作戦を説明した。


 それは、おそらく正規の軍事教育を受けてきた人であれば、まず考えつかないようなふざけた・・・・作戦である。


 ごく少数の部隊で侵攻し、王国軍に油断してもらう。

 まさか二千の軍勢にびびるなんてことはないだろうからね。

 王国軍が出払った隙に、王都の方々には脱出してもらうのだ。そのためにあらかじめ、冒険者を工作員としてガラングランに潜入させ、手筈を整えさせるのである。


 名付けて、大夜逃げ作戦。


「たしかにそれは、我々では考えもつかない手だな。ネーミングセンスのなさは置いておいても」


 ドロス伯爵が膝を叩いた。

 有用性は判ってもらえたようである。


「それは仕方がないな。ドロス卿。昔から母親が作ってくれたり買ってくれたものというのは、どこかセンスが悪かっただろう?」


 カイトス将軍が言った。

 失礼すぎる。なんで母親と比較した。

 俺とお母さん、両方に謝りなさい。

 心を込めて。


「わかる」


 頷くドロス伯爵だった。

 判るなよ。


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