第55話 不測の事態


 俺たちが魔王イングラルの使者として現れたことについて、カイトス将軍の驚きは大きくはあったが長くはなかったようだ。


「なかなかの人物であっただろう? 魔王は」


 という言葉に、将軍の心情が凝縮されているかもしれない。

 親書にざっと目を通し、大きく頷く。


「魔王がここまで譲歩してくれるなら、話は進めやすいかもしれんの」

「俺は内容は知らないんですが、リントライト王国が有利な条件なんですか?」

「有利というか、対等だの」


 難民救済や、人道的な援助なんかも条件として出してくれているらしい。

 それに対して、べつにリントライトがなにかを負担するとか、そういうのはない。

 ようするに、対等な友として未来に向かって進もう、という提案である。


 領土を割譲しろとか、歳貢を要求するとか、そういうことは一切ないから、本当に対等だ。

 国力差を考えたら破格の条件といって良いだろう。


「では、さっそく陛下に会いに行くかの。せっかくの機会だからライオネルも同行いたせ。良い勉強になるだろう」

「俺としては、べつに国王陛下に顔を憶えてもらいたいとかないんですけど……」

「相変わらず覇気の欠片もないことを言いよる若造だのう」


 やれやれと将軍が両手を広げた。

 そんな呆れなくても。


 そもそも俺って、市井の冒険者クランのリーダーにすぎないんだよ。

 王様に謁見とかできる身分じゃないの。本来は。


「これを機に陛下に取り入って、クランごと近衛にしてもらおうとか考えぬか」

「んなむちゃくちゃな……」


 近衛はさすがに無理だろうけど、功績を立ててクランごと正規兵にしてもらえた冒険者クランや傭兵クランもないわけじゃないけどね。

 で、リーダー以下何人かは騎士叙勲されたり。


 それこそ吟遊詩人たちが歌う叙事詩サーガの中でも、とくに人気が高い演目だよね。

 そういう立身出世譚は。


 でも、どう考えても俺に似合う服じゃないさ。


「つべこべ言わずにつきあわんか。それがしの秘蔵っ子だと陛下に紹介したいんだよ」


 それが本音かよ。


「良いんですけどね……」


 ため息をついて承諾した俺は、ミリアリアを手招きして後のことを頼んでおく。

 全員でぞろぞろ押しかけるわけには行かないからね。


 四人娘とサリエリは、カイトス将軍の屋敷でお留守番だ。

 で、俺がいない間の代役はミリアリア。

 本番に弱い彼女だけど、思慮も深いし視野も広いからね。


「もし万が一、夜になっても俺と将軍が戻らなかったら王都を脱出するんだ」

「なんでですか? そんな危険があるんですか?」

「いや。可能性はゼロに近いと思うけど、最悪の事態に備えておくってのは、軍略の基本だからな」


 ぽんぽんと茶色い頭を叩いてやる。

 現状、最も避けなくてはいけないのは情報の抱え落ち・・・・だ。


 交渉が上手くいかず将軍と俺が捕縛される事態になったら、それを魔王イングラルに伝えなくてはならないのである。

 そして、それができるのは彼女たちしかいない。


 なのでこれは、万が一を想定した策。

 防災なんかと同じ考えだ。

 備えていてなにもなかったときは笑い話で済むが、備えていないときになにかあったら笑う余裕なんか吹き飛んでしまうのである。


 俺の説明に、ミリアリアだけでなく、アスカ、メイシャ、メグ、サリエリが頷いた。


 ていうかサリエリは、俺に教わらなくてもこのくらい知ってるんじゃね?

 特殊部隊の一員なんだから。

 なんで同じノリなんだよ。

 お前さんまで俺の娘のつもりなのか?






 そして、国王陛下との面会はすぐにできた。

 カイトス将軍ってば、本気で国の重鎮である。


 王城の大手門からずっとフリーパスで通っちゃってるよ。この人。

 衛兵なんか誰何もせず敬礼で見送ってるよ。

 で、迎えに出た侍従に、「直奏、お許しありたし」っていったら、小半時(十五分)後には、会議室に通されていた。


 テーブルにつくのは、リントライト王モリスン陛下、国務大臣のガンゾル閣下、侍従長のトリアーニ閣下の三人だけ。

 つまり、カイトス将軍より上位の人って、この人たちだけなんだろうね。


「陛下。お喜びくだされ。我が計略、実りましたぞ」


 俺を紹介してくれたあと、将軍がそう切り出した。

 王様がちょっと面食らう。

 なに言ってるか判らなかったんだろうね。


 上手い交渉術だ。

 まずは朗報だってことをどんと印象づけて機先を制する感じか。カイトス将軍って、人間の心理を突くのが上手だよね。

 武辺者とは思えないくらいに鋭い。


 魔王イングラルからの譲歩を交渉のたたき台に乗せて語る。

 端で聞いてると、対等な和平とは思えないんだ。むしろリントライト王国が戦勝国みたいに感じてしまう。


 政治に関しては素人の俺ですら、この案の有用性がわかるのだから、王様や国務大臣に理解できないはずがない。

 はずがないのだが、モリスン王の口を突いて出た言葉は、俺の予想の外側にあった。


「この売国奴め! 魔王と取引しおったか!」


 と。


 やばい。

 意味が判らない。


 戦って勝てるわけがない相手から、有利な条件で和平をもぎ取った人間を罵倒する?

 この王様、頭大丈夫か?


「戦う前から和平など! 勇猛果敢をもって知られるカイトス将軍の言葉とも思えぬ! 魔王から賄賂でも受け取ったか!!」


 国務大臣なんか、デーブルをばんばんと叩いて吠えているくらいだ。


 扉が乱暴に開け放たれ、わらわらとなだれ込んできた兵士たちが、俺と将軍を取り囲む。

 十重二十重に。


 なんだこれ?

 どういう状況なんだ?

 認めたくないけど、リントライト王国の上層部って無能者しかいないのか?


 両手を縛られながら、カイトス将軍と俺は顔を見合わせた。

 互いの瞳に映る自分の顔には、疑問符がでかでかと書き込まれている。


 

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