第54話 一緒にくるらしい
夜陰に紛れ、リアクターシップはミカサ湖の中央部に着水する。
さすがに王都に直で降りるわけにはいかないよね。目立ちすぎるもの。
その点、普通に桟橋に着けたら、対岸から来た船かな、くらいにしか思わないもんな。
上手い手だ。
ていうか常習犯の手口だよね。これ。
となると、ミカサ湖畔にカイトス将軍の別荘があるってのは、
ここまで運んでくれた礼を述べ、俺たち六人はリアクターシップから下船する。
ん? 六人?
「サリエリ。なんできみまで降りてるんだ?」
ひょこひょことついてきたダークエルフに訊ねる。
俺たちを見送った後、彼女はこのままリアクターシップで本国に帰還するのかと思ってたよ。
「それがぁ、みんなのお世話をするようにって命令の後ぉ、とくに新しい命令も出てないんだよねぇ」
のへーっとした答えが返ってきた。
さすがに世話役の仕事は終わりで良いと思うわよ?
終了指示が出なかったのは、たんにバタバタしていてそれどころじゃなかったからだろうし。
「でもぉ。ネルネルたちと遊んでいてもぉ、怒られないってことじゃなぃ」
「そっちが主目的かよ……」
遊ぶ、とかいう単語を使っているけど、サリエリはこう言ってるのだ。
手伝うよ、と。
「サリーが来てくれるなら心強いね! ネル母ちゃん!」
アスカが手を打って喜んだ。
まあ、命令が撤回されていない以上、彼女が俺たちと行動を共にしていても、おかしいことはなにもない。
ごく単純に戦力的な面だけ考えても、六人チームの方ができることが多いしね。
「しばらく間よろしくな。サリエリ」
「いいよぉ。任されてぇ」
すっごくやる気がなさそうに笑って見せるけど、こいつの場合は、これで気合い充分だったりする。
行動開始だ。
ミカサ湖畔市から夜を徹して歩き、夜明け前には王都ガラングランに到着する。
王都に入ろうとする人たちが、すでに何人か並んでいた。
近隣の農民や猟師である。
作物や獲物を街で売るために開門時刻を待っているのだ。
「なんだか普通の光景スね。ガイリアでも見かけるような」
ふーむとメグが首をかしげる。
戦争の準備でビリビリしていると思っていたんだろうね。きっと。
「まだまだ準備段階にも入ってないからな」
トップが決めたからといってすぐに実行できるわけじゃない。
計画を立てるのはこれからなのだ。
まずどのくらいの兵力を動かすか決めて、それを誰に指揮させるかってのも決めないといけない。
もちろん、将兵を食わせるための補給計画だって必要になる。
その上でどこを攻めるかとか、時期をどうするのかとか、机上の計画だけでものすごく大変だ。
そして計画だけ立てたって意味がない。
実際に食料や武器や馬などの物資を調達しないといけないし、当たり前のように集まった物資は管理しないといけないわけだ。
「やんないといけないことは数多いからな。実際に侵攻を開始できるのなんて、早くても半年後だろうさ」
「逆にいえば、この時期だから中止させることもできるってことですよね。ネル母さん」
ミリアリアが相変わらず聡いことを言う。
現時点では、王様が方針を示したという段階に過ぎない。
もちろんそれは決定事項だから、容易にひっくり返すことはできないけど、実際に計画が走り出してから止めるよりはずっとラクだ。
すでに軍の編成が始まっているとか、物資の発注は終わっているとか、荷馬車がぞくぞくと王都に集まってるとか、そんな状況で中止なんかになったらかかったお金だけでも大変な額になるもの。
「いまならまだ誰も損をしないからな。受け入れられやすいだろう」
だからこそ魔王イングラルは最新兵器のリアクターシップを投入してまで急いだのである。
やがて前に並んでいた人たちがはけて、俺たちが入門する順番となった。
経済活動を滞らせるわけにはいかないから、こういうチェックって形だけなんだけど、いま俺の懐には見られた困るものが入ってるからね。
あんまり探られたくない。
「冒険者か? 入来目的は?」
「はい。同時にミカサ湖畔市名誉衛士、『希望』クランのライオネルと申します。仕事で近隣まできましたので、カイトス将軍閣下にご挨拶をと思い、王都に立ち寄りました。入門許可をいただけますでしょうか」
質問にびしっと答える。
こういうとき、名乗れる公的な身分があるって良いよね。
名前の通り、なんの実権もない名誉職だけどさ。
「おお! ミカサの英雄か! 噂には聞いてるぞ」
ほっほう、と感心した門兵が、気安く俺の肩を叩いた。
なんか、『希望』の四人でサハギン百匹を撃退したことになってるよ。
尾ひれの付き方がひどい。
まあ、吟遊詩人たちが面白おかしく誇張して歌ってるせいなんだけどね。
あいつらはそれが仕事だし。
『落日に舞う蝶』ってタイトルを付けられた『金糸蝶』の没落譚なんかも酷いんだぜ。
それに登場するライオネルとかいう副長は、腑抜けになった団長のルークを見限り、多くの仲間を引き連れて去って行ってしまうんだ。
おかしいな。
俺の記憶にあるライオネルは、身一つで追放されたはずなんだけどな。
仲間どころか、貯蓄も給料も全部置き去りにして飛び出したと思うから、きっとこのライオネルとは別人なんだろうさ。
「英雄の来訪は大歓迎だ。それにしても美女を五人も引き連れているなんてすごいな。やはりモテるんだろうな。羨ましい!」
ばっしばっしと肩を叩かれる。
ふむ。モテモテのライオネルか。
それもきっと、俺とは別人なんだろうな。
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