第52話 満腹ガールズ


「あ゛ぁ゛ー」


 奇声を発しながら豪華なベッドにひっくり返る。

 あてがわれた高級宿だ。


 げぶ。

 腹が苦しい。

 ちょっと、というか、かなり食い過ぎた。


 俺の横では、アスカもミリアリアもメイシャもメグも、サリエリさえも同様にひっくり返っている。

 自分の部屋に帰れよ。


「なかなかのものでしょぅ。ネルネルぅ」


 眠そうと苦しそうが同居した、なんともいえない表情でサリエリが言った。


 なかなかというか、すごかった。

 まず店名がすごかった。『食いすぎて死ね!』と、看板にでかでかと書いてあるんだもん。


 スモーガスボードっていう、王都リーサンサン名物の店なんだってさ。

 店に入るときに決まった額の料金を支払うんだ。


 あとはもう、店にあるものならどんだけ食って飲んでもかまわないっていう、狂気に満ち満ちたメシ屋である。

 皿もカップも食って良いぜ! なんて煽り文句まで書いてあったよ。


 そりゃ食べるでしょう。

 腹はりさけるまで。

 けっして安くはなかった料金分は絶対に食ってやるって覚悟で。


 肉料理魚料理野菜料理卵料理、パンやチーズも何種類もあって、甘味や酒まで、好きなだけ食って飲んで良いんだもの。

 楽しくて楽しくて、限界を超えて食べちゃったよ。


 食欲魔神のメイシャなんか、すべての料理を食べてみたんじゃないかな。

 他の娘たちは、主に甘いものに走ってたね。


「死ぬまでに一回で良いから、ケーキだけでお腹いっぱいになってみたかったんだ」

「私もです。夢が叶いましたね」

「オレ、しばらく甘味は食べなくて良いス」


 欲望が満たされたらしい。


「至福でしたわ。神の国はここにありましたわ」

「いい加減にしないと、さすがに至高神に怒られるぞ。メイシャ」


 食いしん坊プリーストに突っ込んでおく。

 あと、苦しいからってみんな服を弛めすぎ。


 かなりあられもない格好になってるわよ。嫁入り前の娘たちが。

 いやまあ、じつは俺もベルトを弛めるっていうか、金具を外しちゃってるけどね。だらしなくて申し訳ありません。


 と、控えめに扉が叩かれる。

 左手で鞘ごと愛剣を掴み、俺は近くまで移動した。


「……はい」

「お取り込み中に申し訳ございません。しかし、国の大事なれば情事の最中にでも駆け込むべしとの習いに従い、火急の連絡をいたしたく」


 大げさな声が返ってきたよ。

 普通に入ってきてくれてかまわないのに。


 などと言って、俺は大きく扉を開いた。

 瞬間にすごく後悔する。


 だって娘たちはだらしなーい格好でベッドに転がっているし、俺だってベルトの金具を外しているし。

 使者に誤解される要素しかないじゃん。


「五人……すごい……」


 一瞬だけ目を見張った魔族の青年が、すぐに低頭して書簡を差し出す。


 すごいってどういう意味かな?

 きっと、すごくだらしない女たちだなって意味だよね。

 俺が五人を相手にするような情豪って意味じゃないよね。こんちくしょう。


 内心の動揺を体外に出すことなく書簡を受け取った俺は、ざっと目を通して娘たちを振り返った。


「みんな。魔王イングラルから緊急の呼び出した。すぐに準備するんだ」






 

 昨日と同じ会議室に通される。

 やや緊張した面持ちの魔王イングラルと秘書のミレーヌが待っていた。


「ライオネル。リントライト王モリスンが、昨日の閣議で我がマスル王国への侵攻を決めたそうだ」


 単刀直入に切り出す。

 なんで知ってるの? という問いかけは無意味だろう。

 飛耳長目となるような人物を各国の中枢部に入り込ませているだろうからね。


 むしろ気になるのは、徒歩で一ヶ月以上もかかるリントライトの王都で起きたことを、翌日に知っているのかってことだ。

 なんらかの連絡手段があるんだろうなあ。

 ていうかこの時点で、戦ったらダメな相手だって判るけどね。


「疑いなく、頻発する反乱から国民の目をそらすのが目的だろう」

「でしょうね……」


 政治の失敗を軍事で取り返そうとするのは、べつに珍しくもなんともない。

 マスル王国を攻略占拠して、その富を分配することで、諸侯の不満を抑えようとしているのだ。

 そんなんで抑えられたら苦労しないのに。


 あるいは、不平を持ってる貴族に兵を出させて、その力を削ぐつもりかな。

 となると、最初に突撃させられるのはガイリア辺境伯ドロス閣下か。


「予としては、ことさらに戦乱を望むものではないが、降りかかる火の粉は払わねばならん」

「はい」


 そりゃそうだ。

 侵攻してきた敵軍を温かく笑って受け入れてあげる、なんとことがあるわけがない。

 そして戦争になれば、守る側の方が有利なのである。


 まず地の利があるからね。

 そして自分たちの住んでいる土地だもの、なにがなんでも守ろうとするさ。


「多くの兵が死ぬ。巻き込まれて死ぬ民もいるだろう。これもまた予の望むところではないのだ。そこでだ、ライオネルよ」

「は」


「この親書を、リントライト王都にいるカイトス将軍なる人物に届けて欲しい」

「は?」


 いま、なんつった? この人。

 なんでカイトス将軍の名前が出た?

 そして親書ってことは、魔王勅か?

 まさか、まさかカイトス将軍って、マスル王国と通じてるの?


「その顔は、彼のことを知っているようだな。ライオネル」

「……縁がありまして」

「予がカイトスと初めて会ったのは、三十年ほど前の小競り合いのときだったな」


 魔王の目元に懐旧の靄がたゆたった。


 

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