第51話 ほりだしもの


 魔王様からご褒美としてもらった金は、俺たち五人が一年を余裕で暮らせるくらいの額だった。

 ほくほくである。


 だからって、ぱーっと全部使っちゃうってわけにもいかないけどね。

 クラン小屋の補修だってしたいし、四人娘の将来のために貯蓄もしておいてやりたいし。


「ただまあ、せっかくマスルの王都まできたんだから、多少の贅沢は許されるだろう」

「賛成賛成! 大賛成!」


 アスカが熱心に賛同してくれた。

 もちろん他の三人も。


 そんなわけで、俺たちはサリエリの案内で賑やかな街並みを見て回っている。

 ガイリアだってけっこう賑わっていたと思うけど、比じゃないくらい人が多いね。


 魔族だけじゃなくて、獣人やダークエルフ、ドワーフやホビットなどの亜人、もちろん人間も普通に闊歩してる。

 なんの違和感もなく。


「みんな仲良くって方針の魔王が治めてる国だってのがよく判るよ」

「陛下とぉ、そんな話をしたのんー? ネルネルぅ」

「いまさらなんだけど、その愛称バカっぽすぎないか? べつに話してないさ。読んだだけだ。お互いにな」


 サリエリの問いに笑って見せる。

 魔王イングラルというのは、なかなかに端倪すべからざる人物で、なんてことのない会話に混ぜ込むかたちで自分の考えを話したのだ。


 俺がそれを読み取れないならそれまでのこと、というつもりだったんだろうな。

 だから俺は、ちゃんと判っていますよっていう意志を会話に混ぜ込んだ。

 すごく心温まる会談だろ?


 娘たちの中では唯一、俺と魔王の意図に気づいていたミリアリアなんか、ずっと胃のあたりをさすってたんだぜ。


「魔族のグルメを味わいたいですわ!」

「メイシャはブレないスね。オレとしてはこっちの道具屋を覗いてみたいス」

「わたしは武器屋! かっちょいいブレストとか欲しい!」

「この街には魔法屋なるものがあるそうですよ。マジックアイテムがお金で買えるってことでしょうか」


 四人娘が騒いでいる。

 まあ、全部まわればいいさ。

 時間はたっぷりあるからな。

 





 目がくぎ付けになってしまった。

 サリエリの案内で入った魔法屋で。

 マスル王国でも一番の老舗で、品揃えに関しては他の追随を許さないんだそうだ。


「まじか……これ……まじか……」


 じーっと、飾られた魔法使いの杖メイジスタッフを見つめる。

 それこそ、穴が開くほど。


「さすがにぃ、ここまでのものが売りに出されることは滅多にないけどぉ」


 眠そうな顔で、のへーっとサリエリが説明してくれる。


 杖の名前は『氷狼フェンリル』。

 なんと、ミリアリアが使える最も強力な魔法の、氷の槍アイシクルランスを三発同時発射できるという代物だ。


 もちろん使用者がアイシクルランスを行使できる術者であることは大前提だけど、スリーウェイアイシクルランスなんて、魔導師ソーサラー……いや、大魔法使いウィザードレベルの芸当である。


 もしこれをミリアリアが装備したら、『希望』の戦力は格段に跳ね上がるだろう。


 簡単に説明すると、アイシクルランスってのはキマイラの首一つを吹き飛ばしたり、オーガを一撃で倒しちゃったりできるクラスの攻撃魔法なんだ。

 威力がでかい分、連射が効かなかったりするけどね。


 でも、三発同時に撃てるってことはさ、三つあるキマイラの首を一回で消し飛ばせるってこと。

 五人できりぎり倒したキマイラを、ミリアリア一人でやっつけることができるってことなんだよ。


「ほしいよな……」

「ほしいですね……」


 俺とミリアリアがじーっと杖を見つめる。

 問題は値段です。


 これを買っちゃうと、魔王からいただいたお金の七割が吹き飛んでしまうんだ。

 逆にね、普段だったら買おうとも思わなかっただろうね。

 でもいまは買えてしまう。だから悩む。


「良いじゃん! 買っちゃえばいいっしょ!」

「そうですわ。掘り出し物なのですから」


 アスカとメイシャがけしかけてくる。

 なにしろこいつらってデビューするとき、借金して良い装備を揃えたって前歴があるからね。


「オレも一応、賛成するスよ。今後、こんな大金を持って買い物する機会なんて、たぶんないスからね」

「たしかにな……」


 今回はたまたまだ。

 たまたま金がある状態で素晴らしいアイテムを見つけることができた。しかし、次にこういう機会が与えられるとは限らない。

 マスル王国を訪れることだって、もうないかもしれない。


「よし。クランとして買おう。そして余った金はみんなで分配しておしまい。魔王さまからの褒美はなかったものとして考える。これでいいか?」


 ぐるりと娘たちを見渡せば、四人が為人に応じた笑顔で頷いてくれた。

 こうして俺たちは、ちょっと身分不相応なほど素晴らしいアイテムを入手することができた。


 ちなみに、これをリントライト王国に持って行って売れば、おそらく五十倍くらいの値段になるだろう。


「売りませんけどね? 絶対に」


 氷狼の杖を受け取ったミリアリアが、大切そうに抱える。


 そんな目で見るなって、俺だって売る気はないよ。

 ようするに、こういうのが手に入るマスル王国は、魔法の技術でもリントライト王国よりずっと進んでるってことが言いたかっただけだ。


 敵国だーって王都の連中は騒いでるけど、勝てるわけないよね。

 普通に考えて。


「次はぁ。ごはんかなぁ。うちオススメの店があるのぉ」


 すごいものを買っちゃって、ちょっと興奮状態の俺たちに、サリエリがのへーっと笑いかけた。

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