第48話 食わせものたち


「そもそも断る理由がないだろ。私たちの父祖は戦争が嫌でピラン城に籠もったんだから」


 ザックラントが両手を広げてみせる。

 軽いなぁ。


 人魔戦争の最終局面、敗色濃厚な魔王軍だったが、残存戦力を糾合して人間たちに決戦を挑んだ。

 こう言い方をすると格好いいけど、実情はヤケをおこしたというのが近いらしい。

 死に場所を求めたっていうのが近いのかな。


 国民たちの多くは南へと待避を完了している。わざわざ戦う理由なんかなかったのに、矜持だけで決戦を挑んだ。

 負けっぱなしで終われるか、みたいな?


 今の時代の俺からみれば愚かだなぁって思うけど、当時は当時で譲れないものとかあったのかもしれない。


 ともあれ、魔王軍の中にも死にたがりじゃない人たちがいて、それがピラン城に逃げ込んだわけだ。

 で、ときのピラン卿であるザックラントの父親が彼らを保護した。


「つまりさ。私たちは無益な戦いが嫌なだけで、魔王そのものに反抗したわけじゃないんだよ」


 現魔王のイングラルが人間たちの平和路線を掲げるなら、むしろ積極的に賛同する。

 けど、ピラン城の力は当然のようにマスル王国の足元にも及ばない。


「そしたら従属するのが筋だろう? 私の論法におかしなところはあったかな?」

「いえ。ご賢断、感謝に堪えません」


 ミレーヌが深々と一礼した。

 正直、俺も感銘を受けている。


 ザックラントが気安いだけのオッサンでないことは判っていたけど、こんなしっかりとした信念のもとに行動していたんだね。


 交渉を長引かせて少しでも有利な条件を引き出そうとか姑息なことを考えない。

 彼にはどしんと骨太な価値観があって、ブレがないのだ。


 人間と戦争せずに仲良くやっていきたい。この大方針が合致しているからマスル王国に賛同する。

 もし魔王が方針転換したら、ザックラントはなんのためらいもなく離反するだろう。


 打算もなにもなく、是は是、非は非。

 花崗岩のように硬質で揺るぎない。


 だからこそミレーヌは、おそらく携えてきたであろう様々な政略をすべて引っ込めた。

 こういう人物と未来を語らうのに、そんなものは不要だから。


「私は、ザックラント卿を王都にお招きするための条件を整えるためにまかりこしました。しかし今は、そんな前提条件をすべて忘れて、私自身が卿をイングラル陛下にお引き合わせしたい。お二人は疑いなく友となれる。未来を紡ぐために手を携えられる。そう確信いたしました」


 長いセリフを噛みしめるように言って、ミレーヌはザックラントの前に片膝をついた。

 最敬礼である。


 けっこう前に俺たちがカイトス将軍の前でやったポーズね。


「良い良い。田舎城主にそんな礼儀なんか不要だよ。ミレーヌくん」


 笑いながらザックラントが、美貌のダークエルフを立たせた。


「こうしてみてるとぉ。ただの気の良いおじさまなんだけどぉ」


 ぼそっと呟いたサリエリの声が俺の耳道に滑り込む。

 うん。

 本当に同意見だよ。


 ただ、無能っぽい仮面で能力を隠してるきみがいうことじゃないよね。

 おまいうってやつだよね。





 ピラン城がマスル王国の属国になるというのは、リントライト王国としては大変に面白くない。

 知ってしまえばね。


 現実は、そもそもピラン城に魔族が暮らしてるなんて知らないし、そもそも崩れ落ちた廃城があるだけだと思ってるだろうし。

 文句のつけようがないのである。


 あと、先住権を主張されてしまうと国としてもつらいって部分があるよね。

 彼らは五百年以上も前からここに住んでいるわけで、それはリントライト王国が建国された百二十年前よりずっとずっと昔だから。


 ここは人間の土地だから出て行けってごり押しをしてしまうと、間違いなく戦争だ。

 そしてこれから先、ピラン城に戦争をふっかけるってことは、マスル王国に戦を仕掛けるのと同義になる。

 それは国境の小競り合い程度じゃ済まない。


「つまり、ピランの安全は保障されたってことですか? ネル母さん」

「リントライト王国上層部に頭があればね」


 ミリアリアの確認に、俺は頷いてみせた。

 晩餐の後、なぜか俺の部屋に四人娘が遊びにきて、だらだらとおしゃべりをしている。


 もっとも政治とか軍事とか難しい話をしているのは俺とミリアリアだけで、アスカ、メイシャ、メグの三人はまったく興味がないようだ。

 訪れることが決定した魔族の国、マスル王国の話題で盛り上がっている感じである。


「どんな美味しいものがあるか、いまから楽しみですわ。よだれが出ますわ」

「こんなことならもっとお小遣いもってくれば良かったス。もう道々スリで稼ぐってわけにもいかないんスから」

「盗賊団とかを襲おうよ! お宝ため込んでるかも!」


 夢の食べ歩き道中から、なぜか襲撃計画に発展しそうな勢いだ。


 そろそろ止めた方がいいべか?

 他所様の国に行ってまでトラブルを起こしてくれるなよ?

 ほんと、たのむわよ? あなたたち。


「頭あるんですか? うちの国って」


 ミリアリアがこてんと首をかしげる。

 仕種は可愛らしいが、言ってることは辛辣だ。


 まあ、あちこちで反乱は起きてるしね。これぱっかりは仕方ないけど。

 リントライト王国自体が、前の王国を反乱で打ち倒して建国されたんだから。歴史は繰り返すってやつさ。


 不満が溜まれば武装蜂起。

 人間の世界における伝統文化みたいなもんですよ。


 けど、王国にはカイトス将軍みたいな立派な御仁もいるし、そうそう滅多なことは起きないんじゃないかな。


「そろそろ自分の部屋に戻れよ。お前ら」


 ふわ、とあくびをかみ殺しながら告げる。

 明日も城壁の補修を手伝うんだから。

 体力勝負なのよ。


 じーっとこっちを見る四人娘。

 だめだめ。そんな目をしても一緒になんて寝ないわよ。


「子供じゃないんだから。一人で寝なさい」


 俺は、しっしっと手を振った。

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