第47話 魔王の使者


 人的な損害は出なかったわけだけど、ピラン城は損傷している。

 サイクロプスに岩をぶつけられたり、ゴブリンどもの突撃を受け止めたりしてるからね。

 ノーダメージってわけにはいかない。


 そのため、現在も補修工事は急ピッチで進められている。

 モンスターの死体なんかは、さすがに初日のうちに片付けてしまったけどね。ほっとくと腐るから。


 巨大な穴を掘って、そこにコアを取り出した遺体をぽーいだ。

 で、城のプリーストがまとめて祈りを捧げておしまい。

 味方に死者が出ていたなら、もっとずっとちゃんとした葬式をやっただろうけどな。


「数刻の戦闘で傷ついた城壁を補修するのに何日もかかる。時間だけじゃなくて金も必要だ。まったく、戦争なんてろくなもんじゃないよな」


 城の人々が忙しそうに働いているのを眺め、やれやれと俺は肩をすくめた。

 修理費用をギューネイに請求したとしても意味がない、ピランの側が負担しないといけない。

 俺だったら出費の多さに泣いちゃうね。


「それでも命を散らすよりはマシさ。金ならまた稼げば良い、物なら再生産するなり買うなりすればすれば良い。しかし命はそういうわけにはいかないからな」


 いつの間にか横に立っていたザックラントが快活に笑った。

 頑張ってすぐ作っても、生まれるのだって一年後だしな、なんて下ネタまで跳ばして。


 俺は肩をすくめてみせる。

 同意だったから。下ネタはともかくとしてね。


 人間だろうと長命種の魔族だろうと機械の部品ではないので、壊れたからといって簡単に交換することはできない。

 その役割をこなせる人材を育てるまでにかかる時間と費用がどれほどのものになるか。


 兵士でも技術者でも文官でも同じだ。

 だから、人道うんぬんの話は置いたとしても、経営や軍事的な意味でも人材ってのは大切にしなくてはいけないのである。


「私が不思議なのはな。ライオネルくん。そこまで判っているきみが、どうして城壁や城門の修理費ごときでぶーぶーいうのかってことだよ」

「貧乏だからです」


 俺の答えは簡にして要を得たものだったけど、たぶん金貨にして数百枚ってレベルになるだろう修理費を、ごときって言えちゃう人には理解できないかもしれない。


「それほどの才覚ならば金を稼ぐ方法などいくらでもあろうにな」


 なんか聞こえない声でぼそぼそ言ってる。


「え? すみません。聞き取れませんでした」

「そろそろマスルからの使者が来るだろうな、と言ったんだよ」

「たしかに。そういう時期ですね」


 なんか違うことのような気もするけど頷いておく。

 サリエリが報告書を送ってから十五日が経過した。王都と国境まで片道五日、そこからピラン城まで徒歩なら五日ほどだから、そろそろ到着してもおかしくはない。


 移動時間しか計算していないのは、おそらく報告書が到着したら即日のうちに動くだろうと読んでいるからだ。


「と、言ってるそばから現れたようですね。噂をすれば影がさすというやつですか」


 道の彼方にあらわれた人影に、俺はくすりと笑う。






 ミレーヌと名乗ったその人は、魔王イングラルの秘書官なんだそうだ。

 怜悧な美人って印象そのままで、のへーっとした雰囲気のサリエリとは似ても似つかない。


「でも、うちの従姉なんですよぅ」

「不本意ながらね」


 なぜか自慢するサリエリと、渋い顔のミレーヌである。

 まあ、従姉妹といっても年齢差は百五十歳もあるらしいけどね。

 長命種ってすごいよなあ。


「我が主イングラルは、ピラン卿ザックラント殿に対して、どのように扱えば良いのか決めかねており、卿の意向を確かめるため私が派遣されました」


 軽い挨拶と自己紹介の後、さっそくミレーヌは本題に入った。

 といっても、べつに結論を急いているわけではない。


 まずは用件を伝え、家臣たちとゆっくり話し合ってもらい、晩餐の時にでも互いの条件を出し合って、みたいな感じの流れになるだろう。

 一度二度の会見で済むわけがないからね。


「意向もなにも、魔王陛下としては、きちんと属国として扱いたいってことだよな。いまさらマスルの一部になるってわけにもいかないだろうし」

「有り体に言ってしまえばそうですね」


 ザックラントの直接的な言い方にミレーヌが苦笑する。

 しかしその苦笑に嫌悪の感情は乗っていなかった。

 貴族連中のもってまわった言い回しに辟易してる、というころかな。


 ともあれ、五百年も昔に袂を分かったピランをマスル王国の一部として扱ってしまっては、いろんな軋轢が生じてしまう。


 貴族が増えるってことだからね。

 序列が下がってしまう連中は当然のように面白くないだろう。


 さらに立地も悪い。

 リントライト王国の内部だもん。普通に外交問題だよね。

 敵国なんだからこれ以上悪くなりようがないんだけど、戦争の火種にはなるから。


「いいよ。属国になる」


 昼食のメニューを選ぶよりも簡単にザックラントが言った。


「へ?」

「へ?」

「へ?」


 俺、ミレーヌ、サリエリが異口同音に間抜け三重奏をかなでて目を点にする。

 いまなんつった? このクソ城主。


「や、だから、属国になるって。朝貢額とかも決めてしまおう。とっとと」


 なんともさらっと言い放つんですわ。

 そんな簡単に決めて良いことちゃうやん。

 大丈夫なのか。このおっさん。



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