第41話 地産地消ってレベルじゃない


 外を探りに出ていた三人がもどってまもなく、夕食の準備が整ったと使用人が呼びにきた。

 笑顔で礼を言って、俺は長椅子から立ち上がり、案内に従って部屋を出る。

 アスカ、ミリアリア、メイシャ、メグの四人も続いた。


 けど、なんかひそひそ話しているが気にかかる。


「言質を取りましたよ」

「やったじゃん。つぎはメイだね」

「すべては至高神の思し召し。ベッドに潜り込んでやりますわ」

「過激スね」


 声が小さすぎてよく聞き取れないんだけど、たぶんっていうか疑いなくろくなこと喋ってない。

 お母さんにはわかるのよ。どうせまた悪戯の相談でしょ。





 対面した城主は、恰幅の良い魔族だった。年の頃なら四十代の後半に見えるから、たぶん三百歳とか三百五十歳とかそのへん。

 自信はないけどね。


 人間からみた長命種の年齢なんて「超若く見える」の一言で解決してしまうから。

 三百歳までなんて、普通は生きられないからね。人間は。


「困っていたところを助けていただいた上に、このような歓待まで。感謝の言葉も見つかりません」


 深々と一礼してみせる。


「よいよい。ここの暮らしは退屈だからな。多少の面倒はむしろ望むところなんだよ」


 はっはっはっと快活に笑う城主。

 互いに名乗り合い、親睦を深めてゆく。


 この人の名前はザックラント。肩書きはピラン卿。

 なんとピラン城の本物の城主だ。不法占拠してるとかそういうのじゃなくて、正真正銘、魔王から城を守るように命じられた人物である。


「より正確には私の父だがな。命令を受けたのは」

「以来五百年ですか……」


 なんというか、ため息しか出ない。

 ザックラントの父親とその部下たちは、ずっとこの城を守ってきた。


 魔王軍が南へと去っても。

 彼らが死んだ後は、その子供たちが。

 なんという忠誠だろう。


「まあ、そういってしまうと美談なんだけどな。本当のところは、戦争が嫌で逃げ込んできた連中の末裔なんだよ」


 身も蓋もないことをいってザックラントが笑う。


 魔王軍と人間たちが雌雄を決したのはソメル平原会戦って戦いなんだけど、そこが決戦場になったことで、ピラン城は主戦場にはならないってことが確定した。

 そしたら、大勢の脱走兵が詰めかけてきたのだ。

 もちろんこっそりと。


 けっこう敗色濃厚だったんだってさ。魔王軍って。

 今の国境ぎりぎりまで追いつめられてるしね。ずっと勝ち続けていたなら、こんな場所での決戦にはならないだろう。


 で、ときのピラン卿であるザックラントの父親は、その脱走兵たちを匿っちゃった。

 無益な戦いで命を散らす必要はないって。


 そうこうするうちに魔王軍は敗れ、魔族たちは南へと落ちのびていったわけだ。

 人間たちも大損害を受けていたから、追撃する余力もなくて新しい国作りに専念することとなる。

 ピラン城は、すっかり取り残された。


「いまさら魔王軍を追いかけていっても気まずいだけだし、ちょっとほとぼりが冷めてからにしようって思っていたらしいんだけどな」


 戦傷のせいで魔王が死んで代替わりしちゃったり、人間の方も内部分裂して戦い始めたり、あげく新しい国ができちゃったりで、なかなか恭順を申し出る時期が掴まないまま、百年くらいが経過しちゃったらしい。


 そうなったら、もう逆に言い出せないよね。

 人間たちなんて、完全に誰きみたちってレベルまで世代交代が進んじゃってるよ。


 魔王国の方でも、百年も前にいなくなった脱走兵たちのことなんて、とっくの昔に忘れちゃってるだろう。


「まあいっか! という感じで、みんなでピランに居座ることにしたんだそうだ。ここって森の恵みも豊富だし海も近いだろ。ぜんぜん自給自足できるから」

「大胆というか、豪胆というか」

「なにも考えてないだけだって」


 食事と酒を楽しみながら、ザックラントがからからと笑う。

 うん。

 なにも考えてないってので正解だと俺も思うよ。

 なにしろ、なーんにも考えてないやつらになら、ものすごく心当たりがあるからね。だいたい一緒だからね。


 で、そうこうするうち、八十年くらい前に今の魔王が即位して、ガイリアとの密貿易を始めちゃった。

 その結果、国境界隈の町とかなら、魔族がうろうろしていてもみんな気にしなくなった。


「自給できないものは取引で手に入れることができるようになったからな。すごく便利になったよ」

「人間と取引してるんですね」

「ああ。実際、近隣の人間たちは、ここに私たちが住んでることは知っているだろう。知った上で騒がないでいてくれるんだろうな」


「あれれ? それじゃあのリッチって、このお城からきたんじゃないんですか?」


 しゅたっと手を挙げてアスカが訊ねる。

 止める暇もなかった。

 それを訊いちゃいますか。あなたという娘は。


「ああー、あいつらか。人間の街の方に向かったんだな。私たちに蹴散らされたあと」


 そして普通に答えちゃいますか。あなたという城主は。


 なんだろう。

 この人たちの辞書には、腹芸とかそういうのは載ってないのだろうか。


「しばらく前にな、ある男が訊ねてきたんだ。いまこそ人間たちに奪われた父祖の地を取り返すときだ、とかいってな」


 雌伏は終わりだ、なんて煽動演説までぶったらしいが、ザックラントたちとしては、雌伏もへったくれもない。

 好きでここに引きこもっているわけだし、知らん知らんって追い返したらしい。


 そしたら、なんかリッチを引き連れて襲いかかってきたらしい。

 あっさり撃退したけど。


「ふーむ」


 俺は腕を組んだ。

 どうにもまだ全体像が見えてこないな。



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