第38話 ライオネルとリッチ


 炎の槍が命中したゾンビが、吹き上がった火柱の中で崩れ去っていく。

 さらに、二つ三つと火のついた油壺が投げつけられ、たちまちのうちにゾンビの数が減っていった。

 ミリアリアとメグの攻撃である。


 アンデッドモンスターの弱点はいくつかあるが、その中でも顕著なのは炎だ。

 まずは最長距離の攻撃で数を減らす。


 当然のようにゾンビどもの歩調は変わらない。

 十体近くが消滅したのに、怖れることもなく怒ることもなく、不気味な行進を続けている。


「魔法による反撃なし。メイシャ。出番だ」


 アンデッドに対して最も有効な対応手段を持っている彼女を初手で待機させたのは、リッチの攻撃魔法を警戒したためだ。


 こちらの攻撃に即応して攻撃魔法を撃ってきた場合、メイシャの回復魔法が絶対に必要になるため、フリーハンドにしておいたのである。

 しかし、魔法による反撃はなかった。


 前衛のゾンビが炎上したことに気づかなかったのか、気にも止めていないのか、ただ単に判断が遅れただけか。

 いずれにしても、このチャンスを逃すなんて選択肢はない。


「安んじてお任せあれですわ。聖域ホーリーフィールド!」


 巨大な聖印が地面に浮かび上がり、ゾンビ軍団の足を止める。


「さらに! 眠れ亡者よターンアーンデッド!」


 温かな光が聖印の描かれた地面から天空へと伸び、ゾンビを粒子へと変えていく。

 すごい!


 さすがメイシャだ。

 ホーリーフィールドとターンアンデッドを重ねがけしたことで、相乗効果を発揮させるとは。


 まるで司祭級の浄化である。

 経歴一年未満のプリーストにできるような技じゃない。


「ふー、ふー、ふー」


 ほとんどのゾンビを一気に消滅させたが、さすがに地面に片膝をついてしまう。


「メイシャ。おやつっス」


 すかさずメグが駆け寄り、僧侶の口に飴菓子を放り込む。

 右手の親指を立てて謝意を示すメイシャだが、すぐには動けないだろう。

 この燃費の悪さだけが彼女の弱点なのだ。


「いくぞ! アスカ!」

「うん!」


 俺とアスカが飛び出し、ぐんぐんと敵陣との距離を詰める。

 後衛たちは仕事を果たした。


 次は俺たち前衛の番である。

 生き残ったゾンビどもは十いるかどうかというところ。


「一気に片付けるぞ!」

「当然!」


 ゾンビってのは力は強いが動きが鈍い。

 そう怖い相手ではない。ただ、数が多いと、どうしても死角から掴みかかられて押し込まれてしまう。

 まあ、五体や十体のゾンビに捕まるほど、俺とアスカの動きは遅くないけどな。


 この状況を作るためにミリアリア、メグ、メイシャが頑張って数を減らしてくれたのだ。

 彼女たちの働きを、しっかりと戦果に繋げなくてはいけない。


「せい!」


 アスカブレイドが袈裟懸けにすれば、ゾンビはぼろぼろと崩れ落ちる。


「はっ!」


 もちろん俺のブロードソードにもメイシャのホーリーウェポンがかかっているため。触れただけでもアンデッドは大ダメージだ。

 わずか数瞬の戦闘でほとんどすべての取り巻きを失い完全に孤立したリッチを、俺は視界に捉える。


「いたぞ!」

「わかった! 先いって!」


 身を低くして走ったアスカが。立ち塞がるゾンビ斬り倒して、俺が進む道を啓開してくれた。


「感謝だ!」

「お礼は熱いキッスで!」

「お前が大人になったらな!」

「言質いただき!」


 くだらない冗談を飛ばし合いながら、俺は一直線にリッチへと迫った。

 ちらっと見えたアスカの顔が、すごい会心っぽい笑みを浮かべてたけど、あれはなんだろう?






 ボロボロのローブをまとったガイコツ、というのがリッチというモンスターの特性だが、こいつらにはもう一つでかい特徴がある。


「まさかいきなり勇者に出くわすとは、ついていないにもほどがあるな」


 金属をこすり合わせるような不快な声。

 もちろんリッチが放ったものだ。

 こいつらには知性があるのである。はるか昔の高位の魔法使いが自らをアンデッド化したのがリッチだって話もあるくらいだしね。


「なにを言っている?」

「そちには関係ないことだが、まあ語ってやろう。この町から侵攻を始めるつもりだったのよ。兵を増やしながらな」


 おぞましいことを言う。

 兵を増やすというのは、宿場町の人々を殺してゾンビにしてしまうってことじゃないか。


「させるわけないだろ。そんなこと」


 かまえた剣の切っ先をリッチに向ける。

 ガイコツの目に当たる部分が放っている光が弱くなった。まぶしさに目を細めるように。


「ならば予をここで倒すしかないぞ。若造」

「最初からそのつもりだ」


 踏み込みと斬撃を一挙動で。

 下段から掬い上げた攻撃は、だがリッチのもつ禍々しい形の杖に防がれてしまう。

 そしてそのまま、ふうわりと後ろに跳んで距離を取ろうとする。


「させるか!」


 魔法を撃てる間合いなんか取られたら勝機はない。もちろん詠唱の時間を与えてもいけない。

 さらに距離を詰め、ゼロ距離での攻撃を繰り返す。


「はっ!」


 そしてついに、鋭く突き抜けた一撃がリッチの胸を貫いた。

 手応えあり!


「ふん……つまらんな……魔力が空でなければ、こんな若造になど負けぬものを……」


 さらさらと崩れていくリッチが負け惜しみを言う。


 違うか。

 本当に魔力切れを起こしていたんだ。

 たぶんゾンビを創り出すのに使い切ってしまって。


 つまり俺たちがやったのは、侵攻の出鼻を完全にくじいたってこと。

 偶然にも。


 いや、そんな偶然があるのか?


 問いかけるようにリッチを見ても、もうそこには灰とコアしか残っていなかった。

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