第35話 VSキマイラ(後編)


戒めの鎖バインド!」


 どこからともなく出現した光の鎖がキマイラの身体を拘束する。

 メイシャの神聖魔法だ。


 その隙を逃さず接近した俺とアスカが、それぞれの獲物を振るってモンスターの身体を切り刻んでいく。


 俺が最初から狙ったのは尾の毒蛇だ。

 こいつだけは目潰しの影響を受けてないからね。

 とっとと胴体から切り離して頭を潰す。


 アスカは山羊の首を滅多斬りにしている。もちろん魔法を使わせないために。


「あと三秒!」


 メイシャの警告で、俺たちはキマイラから跳び離れる。

 拘束が解かれたら、とてもじゃないけど相手をできないからだ。


「もう一回! アイシクルランス!」


 光の鎖が消える瞬間、ふたたびミリアリアの魔法が飛ぶ。

 目を潰されていても気配で察したのか、大きくジャンプして避けようとするキマイラ。


「ブレイク!」


 ミリアリアの声に応じて、氷の槍が粉々に砕けた。

 そしてそれは無数のつぶてとなって、モンスターの身体を叩く。

 ひとつひとつはたいしたダメージにはなっていないだろうが、とにかく数が多い上に、跳んでいるから回避のしようもない。


 散々に打ちのめされて、どさりと床に落ちた。

 それでもなお、ブレスを吐こうと竜の首が持ち上がる。


「しつこい首スね」


 メグの声は、今度はキマイラの至近から聞こえた。

 下から突き上げられたナイフが、竜の上顎と下顎を貫いて縫い付ける。

 そのときだけメグの姿が現れ、ふたたびすっと消えた。


 攻撃したりするときだけは隠形を解かないといけないらしい。

 飽和状態までブレスが口の中に溜まった竜の首が、どーんと爆発四散する。


「チャンスだ! たたみかけるぞ!」


 勝機とみた。


「おおおおっ!」

「うりゃぁぁ!」


 俺とアスカが突撃し、縦横に剣を走らせる。

 防御も回避も不要。

 ひたすら攻撃あるのみ。


 キマイラが大暴れし、爪に引っかかれた俺とアスカの身体には傷が刻まれていく。


遠距離回復ロングヒール!」


 回復魔法が降り注ぐが、癒やされる傷より増える傷の方が多い。

 だからこそ、ここで決めなくてはいけない。


「マジックミサイル!」


 今度ばかりは時間が勝負。

 最も詠唱時間の短い魔法を、ミリアリアもひたすら繰り出す。


「くたばれス」


 キマイラの背に現れたメグが、左右の手に持ったナイフを魔物の首筋に突き刺して消える。


「これで!」

「とどめよ!」


 左から俺の剣が、右からアスカの剣が、クロスするように最後に残ったボロボロの山羊の首を撥ね飛ばした。






 どう、と倒れて落ちるキマイラの身体。

 すべての頭を失い、胴体も傷だらけだ。

 もちろん俺とアスカもね。


 駆け寄ってきたメイシャが効果の高い接触回復ヒールを使ってくれる。


「か、勝っちゃった」


 なんだか信じられないものでも見るように死骸を見つめるアスカだった。

 いやあ、ホントによく勝てたよな。

 やばいシーンは幾度もあったもの。


「へっへっへっ。魔石コアっ 魔石っ これだけの大物スもの。さぞやでっかい魔石があるスよ」


 嬉々としてメグがキマイラの死体を切り裂いていく。

 期待してるところ悪いが、コアの大きさなんてどんなモンスターでも一緒だぞ。

 と、忠告してやる暇もなかった。


「なんじゃこりゃっスーっ!」


 取り出した、普通のコアを握りしめて嘆くメグである。

 うん。

 仕方ないね。


 冒険者になったばかりのころって期待するんだよね。大物を狩ったら、それだけコアも大きいだろうって。

 そしてコアの価値はどれも一緒だと知ってショックを受けるのさ。

 まあ、素材とか取れるから良いことは多いんだけどね。


 苦笑とともに俺は床に座り込んでいる。

 とにかくちょっと休まないと、十一階層で待ってるであろう連中に戦勝を伝えにも行けない。


「わたくしが言ってきてあげますわ」

「あ、オレもいくスよ」


 比較的元気なメイシャとメグが、階段の方へ歩いていった。

 俺とアスカは疲労困憊、ミリアリアは魔法の使いすぎでふらふらである。


 やがて、感謝の言葉とともに冒険者どもが大広間にあがってきた。

 ぞろぞろと四十人ばかり。


 こんだけ数がいたらキマイラ倒せたんじゃねって思うけど、四十人が展開するようなスペースなんかないからね。

 押し合いへし合いして動けなくなっているところをまとめてドラゴンブレスで焼かれておしまいだろう。


 この恩は忘れないとか、いつか借りは返すとか、そんな言葉に手を振って応える。

 愛想がないことで申し訳ないが、疲れ切っているのだ。


「街に戻ったら、ネルのクランハウスになんか届けるからな。なにがいい?」

「無事だったんだな。ライノス」


 近くまできて話しかけてくれた男に右手を伸ばす。

 パァンと景気のいい音を立てて打ち合わされた。


 こいつはライノス。ガイリアの街の冒険者クランでも一、二を争う名門、『固ゆで野郎ハードボイルド』のリーダーである。

 ありていにいって好敵手ライバルってやつだ。『金糸蝶』時代の。


「なにが良いと言われたら、木材かな? 脱衣所を作りたいんで」

「すまんネル。俺にはお前の言ってくることがこれっぽっちも理解できないんだが」


 なんで木材なんだよ、とか笑ってるし。

 うっせーなあ。脱衣所がないと、うちの娘たちが裸でうろうろするんだよ。クラン小屋の中を。

 目のやり場に困るだろうが。


「風呂場の横には脱衣所があった方が良いだろ?」


 けどほら、貧乏アピールも貧乏くさいからな。言葉を濁しておくよ。


「…………」


 ぽんぽんっとライノスに肩を叩かれた。

 優しく。

 そして無言のままで。

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