第25話 報奨と凶報と
襲撃から二日後。
俺たち『希望』は、ミカサ湖畔市から感謝状と名誉衛士の称号を受け取ることになった。
別荘の掃除にきただけのはずなのに、なんとも大変な騒ぎなってしまったものである。
ちなみに掃除の方は、駆けつけたカイトス将軍が別口に人を雇って片付けてくれた。依頼は完遂扱いでね。
街のヒーローに掃除させるわけにはいかないだろ、というのが将軍のお言葉である。
「勲章か……ちょっと複雑だね」
「街にもけっこう被害はでましたからね」
決定を聞いたアスカとミリアリアの会話である。
奇襲だったため、反撃がおこなわれるまでにそこそこの人が犠牲になったし、やはり戦闘でも損害は出ている。
具体的には、死者三十八名、重傷者五十一名だ。
しかし、五十を数えるサハギンの群れに奇襲されて、よくその程度の損害で済んだともいえるのである。
完全武装の軍隊が駐留していたならともかく、曲がりなりにも訓練を受けているのは
勝てたのが奇跡なのだ。
亡くなったのは、奇跡の恩恵に預かれなかった人たち。
戦うことを専らとする兵士ではなく、ただの庶民だ。
彼らのことを思えば「勲章だ。わーい」と手放しで喜ぶ心境にはなれないだろう。
「ですが、わたくしたちは千名以上の命と生活を守りましたわよ。アスカ、ミリアリア」
これはメイシャが二人に掛けた言葉。
助けられなかった人たちを悔やむより、助けた人々に
じつに聖職者らしいまっすぐさで、アスカとミリアリアは前を向くことができた。
やはりメイシャというのは、三人娘の精神的な支柱である。
すごく長女っぽい。
同い年なんだけどね。
「晩餐会もひらいてくれるそうですわ。ご馳走が食べられますわ。肉が食べられますわ」
「やめろう。そこまで飢えてないだろ。俺たち」
最後は冗談でしめるのも、じつにお姉さんらしい。
まあこいつの場合は、本当に食いしん坊なんだけどな。
ともあれ、俺たちの活躍で街の被害は最小限に留められた。その功績に対する報奨だ。
悪びれずに受け取るのが万民のためである。
「やはり汝は傑物だの。たったこれだけの手勢でサハギンを撃退するとは、我が軍の将校だってこうはいかぬわい」
授与式から晩餐会へと移行し、その席上でカイトス将軍に褒められた。
ていうか、このお言葉、三回目くらいです。
お酒が入ってることもあって、将軍ってばちょっとくどくなっている。
街が用意しくれたドレスで着飾った三人娘は、市長だの商店街の顔役だの将軍だののオッサン(失礼)の相手を俺に押しつけて、同世代の若い娘たちと談笑中だ。
仕方ない。
年長者とのお話なんて疲れるだけだもんな。俺がやりますよ。
「防衛戦だったというのが最大の要因かと。住民の方々が街を愛していたからこそ、最後まで諦めずに戦うことができたのでしょう。俺の功績などわずかなものです」
酒の満たされたグラスを片手に、俺は愛想笑いを振りまく。
嘘は言ってないけどね。
自分の住んでる街だもの。後ろには愛する家族がいるんだもの。そりゃあ必死に戦うさ。
どんなにケンカなんか嫌いだって人だってね。
それが自衛の戦いってもんだ。実力以上の力を発揮することができる。
俺がやったのは、その力を効率よく敵にぶつけただけ。カイトス将軍の軍にいる有能な指揮官や参謀なら、たぶんこなせただろう。
俺でなくても。
まあ、在野に
「ライオネルくんは謙虚ですな!」
笑いながら、市長さんが俺の肩を叩いてくれる。
「こういう性格だからこそ、英雄の卵たちものびのびと育つのだろう」
カイトス将軍がちらっと三人娘に視線を投げた。
気がついたのか、アスカが手を振って応える。
うん。
たいへんに元気でよろしい。
が、そんなにがっつり胸の開いたドレスで、ぶんぶんと手を振るのはやめたまえ。
ぽろりしちゃいそうで、お母さんハラハラだよ。
やがて晩餐会も終わりに近づき、酔客がちらりほらりと帰り始める。
挨拶とかばっかりであんまり食べられなかった俺は、チャンスとばかりにテーブルのご馳走を漁り始めた。
日持ちしそうなヤツとか持って帰れないかな?
つーかこのローストビーフまじで美味い。あと、鶏肉をあげたやつも最高じゃねえか。
世の中は肉だよな。やっぱり。
あ、いかんいかん。メイシャが感染してしまった。
「落ち着いたら、なるべく早くガイリアに戻った方が良いぞ。若いの」
いつの間にかふたたびそばにきていたカイトス将軍が、俺にだけやっと聞こえる声で言う。
このトーンで言ったってことは、反応せずに食い続けろって意味だね。
一瞬だけ視線を将軍に送った俺は、とくに気にしていないふりを装って食事を続けた。
「冒険者ギルドの治療院に何者かが侵入し、入院患者を殺害したらしい。殺されたのは女冒険者で、名をフィーナ」
ぴくり、と、俺の手が止まる。
フィーナとは、あのフィーナか。
『金糸蝶』崩壊のきっかけを作り、その後ルークに襲われて右腕を失った女。
正直、冒険者としては終わったも同然だ。
片腕ではやれることも限られるから。
治療を終えたら、なにか身を立てる手段を考えねばならなかっただろう。
どんな方法があるかは未知数だが、幸福な未来が待っているとは、とても思えない。
「……そんな女すら許せなかったのか。ルーク……」
テーブルの上の料理を見つめたまま、俺は小さく呟いていた。
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