第24話 サハギン襲来(後編)
乱戦の渦に飛び込む。
すでに商店街は人とモンスターが入り乱れた状態になっており、お上品な作戦を実行する余地がなかったからだ。
まず敵味方を分離しないと、どんな手も打てない。
「アスカ! あんまり離れるなよ!」
「わかった! ネル母ちゃん!」
先ほどのように一方的な攻撃をするってわけにはいかない。互いに背中を守りながら、隙なく戦うしかないのだ。
普通に戦った場合、サハギンは人間より強いから。地上戦というアドバンテージがあっても。
サメのように獰猛で、シャチのように狡猾で、トビウオのように俊敏な連中なのだ。
練達の剣士といえども一対一では苦戦を強いられる。
「せいっ!」
アスカの攻撃が鱗を切り裂き、血を噴き出させる。
だが致命傷には至らない。
彼女ではやはり膂力が足りないのだ。
血を流したことで怒り狂い、サハギンが吠え声をあげて反撃に転じる。
振り回される
二撃三撃と受け流したところで、アスカの手から飛んでしまう。
慌てたように後退する少女を、牙を剥きだしてサハギンが追いかける。
が、モンスターの足は三歩目を刻むことができなかった。
彼方から飛来した
突然の魔法攻撃は、もちろんミリアリアの仕業である。
彼女とメイシャは戦域に突入せず、離れた場所から援護に徹しているのだ。
どこから撃たれたのか判らず、サハギンどもの注意がそれる。
この機を逃さじと、俺は大声をあげた。
「好機だ! 押し返せ! ウォォォォォ!!」
と。
押されていた人間たちが息を吹き返す。
冒険者や傭兵はほとんどおらず、ごくわずかな
戦い慣れているはずもなく、効率的な作戦行動など取れるはずもない。でも自分の街を守るためだから戦意だけは高くて、だからこそ乱戦になってしまっていたのである。
で、身体能力ではサハギンの方が勝ってるから、どうしても押し込まれてしまう、と。
なかなかに最悪な事態だ。
けど、サハギンを倒せる戦士がいるってことで勢いづいた。
手にした棍棒や斧を振りかぶって怪物たちを追いつめにかかる。
そこにミリアリアの魔法が着弾し、炎の槍で一匹ずつ着実にサハギンを倒していく。
ダメージを受けてる人間にはメイシャのロングヒールが飛ぶ。
もちろん俺とアスカも縦横に剣を振るって次々と魚人どもを倒していく。
一方が勢いづけば、他方は怖じ気づく。
「右側のサハギンどもがびびってるぞ! たたみかけろ!」
「応!」
住民の皆さんが唱和して襲いかかっていく。
「ネル母ちゃんすごい! 押し始めてるよ!」
返り血で、顔を赤く染めたアスカが歓声を上げた。
そこまで小柄ってわけじゃない彼女だが、サハギンはでかいのでどうしても血をかぶってしまうのだ。
せっかく風呂に入ったのに、またまた風呂行き決定である。
もちろん俺もね。
「油断するなよ。サハギンはゴブリンみたいに壊走しないぞ」
剣を振るいながら、俺もけっこう必死の指揮だ。
なにしろ一番戦えるのが三人娘っていう、なかなか笑っちゃうような味方戦力なのである。
「中央部が崩れる! 押し出せ!!」
「応ともよ!」
数が多いのと戦意が高いのだけが救いだ。
それを効率的に活用しなくてはいけない。
「右翼! 深追いするな! むしろ下がって敵を吸い出せ!」
「了解だ! 軍師さん!」
なんとか街の人たちも、俺の指示に従ってくれている。
戦場のど真ん中に立っていても、背中は絶対にアスカが守ってくれるから安心だ。
「あと一息! あと一息で勝利が確定するぞ!」
ブロードソードを指揮棒のように振り回し、俺は味方を鼓舞し続けた。
結局、一刻(二時間)あまりという長い長い戦闘の末、俺たちはサハギンどもを全滅させることに成功した。
文字通りの意味で皆殺しである。
というのも、サハギンって逃げないのだ。
最後の一匹になっても、こっちを一人でも多く道連れにしようと暴れ回る。
むちゃくちゃ好戦的で流血を好む、厄介なモンスターなのである。
ミカサ湖畔の街を急襲したサハギンどもは五十匹にも及んだ。街の人が皆殺しにされてもおかしくない数である。
もし俺たちや守備兵、自警団の人たちが敗北していれば。
「いやあ、よく勝ったけどな。実際」
サハギンと人間、双方の死体の転がる商店街の地面どっかりと座り込み、俺は大きく息を吐いた。
ようやく、勝利に自信のないようなことを言って良い局面になってくれたから。
指揮官は敗北を予言してはいけない。
絶対に。
それをしてしまった戦いは間違いなく負けるからだ。
勝利を予言したって勝てるとは限らないのに、これは負けるななんて言っちゃったら確実に負けるのである。変な法則だよな。
なので俺は自信満々に、ふてぶてしく振る舞っていた。戦いの間ずっと。
やっべえって思っても声にも態度にも出さなかった。
予想通りだ、問題ない。って顔で、味方に指示を出し続けるのが軍師の仕事である。
「お疲れさま。ネル母ちゃん」
アスカが水の入ったカップを差し出してくれた。
商店街の人からもらったのだろう。
自分も疲れ果ててるくせに、俺のことを気遣ってくれたのだ。
この子はそういう娘である。
礼を述べて受け取り、俺はアスカに右手を伸ばす。
「ナイスファイトだったな。アスカ」
「うん!」
少女が自分の右拳を、こつんとぶつけた。
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