第17話 護衛依頼
「休むのもトレーニングのうちだぞ。アスカ」
「ごめんなさい! でも弱くなっちゃう気がして!」
「気持ちは判るけどな」
一日でもサボると、一気に弱くなったような気分になる。
だから毎日欠かさずに鍛え続けてしまうのだ。
まるで強迫観念である。
実際には、人間の身体は休息を必要としているから、適度に休まないと身体を壊す結果になってしまう。
そうやって潰れてしまった戦士たちも、けっこういるんだよ?
「俺の目を盗んで訓練するのはやめてくれ。アスカが怪我をしてしまったらなんにもならない」
「うん。判ったよ! ネル母ちゃん」
「お母さんに心配かける子はおしおきですよ!」
「お尻叩く? 叩く?」
なぜか喜んで尻を向けてくるアスカだった。
叩かないよ?
馬鹿話をしながらギルドのロビーに戻ると、なんだかジェニファが手招きしている。
満面の笑みで。
あれは絶対になにかたくらんでる顔ですね。
「貧乏人のライオネルさんにうってつけの依頼があるんですよ」
「その形容詞が腹立つ。事実なだけに余計腹立つわー」
近づいていった俺たちに、邪悪なジェニファが仕事を斡旋してくれた。
護衛依頼である。
ガイリアの街に商売にきていた王都の商人を、王都ガラングランまで送り届ける、という内容だ。
ようするに復路護衛である。往路は別のチームが護衛していたのだろう。
これもまた良くある話で、王都からガイリアまで護衛してきた冒険者は、そのあともずっと商人に張り付いているわけではない。
商売なんて、一日二日で終わるものじゃないからね。
ずっと拘束してるってことは、それだけお金かかかるってことだから、普通は送ってもらったら、そこでお別れだ。
護衛たちは本拠地に戻る。
その際、こっちの冒険者ギルドで、王都行きの荷物の護衛とかの仕事が受けられたらラッキー。手ぶらで戻らなくて済む。
まあ、俺たちにも同じことが言えるわけだ。
王都まで商人を送り届けたら、むこうの冒険者ギルドに立ち寄って仕事を探すことになるだろう。
でも、都合良くあるかどうかは判らないから、賭けの要素が強いんだ。
つまり片道分しか仕事がない可能性があるわけで、必ずしも美味しい仕事ってわけじゃない。
「わざわざそんな仕事を勧める理由はなんだ? ジェニファ」
「女性中心の少人数パーティーってのが
「犯罪の香りしかしないんだが?」
女性が多くて少人数って、ヨコシマな目的があるとしか思えない。
おもしろくもおかしくもない話だが、旅をしていた女性冒険者が失踪したとしても、官憲はろくな調査をしない。
ギルドだって調査隊なんか出してくれない。
仮に届け出があったとしても、よくある行方不明として片付けられ、協賛金の納付期限が過ぎたらギルドの登録は抹消される。
そんなもんだ。
何が起きても自己責任。
それが冒険者の世界である。
だからこそ、クランというのは本当の家族のように団員を大切にするのだ。仲間同士の結束で世間の荒波に立ち向かうために。
「なんにも調べてないと思われるのは不本意ですね。クライアントが女性なだけですよ。この条件は」
「なるほど」
俺は軽く頷いた。
女商人であれば、護衛がむくつけき男ばっかりだったら安心できないかもしれないな。
そして三日後、俺たちは王都へと向かう
一頭立ての馬車が四両という、なかなかの規模の隊商だ。
それぞれの馬車に商人が二人ずつ乗り込んでいる。
代表者はアニータという女商人で、これはギルドの情報通りだった。
しかし、残り七人の商人は全員が男、というのはきいてないな。
いずれも二十代から三十代の前半くらいなのに、二十歳にはなってないであろうアニータが代表ってのも、どうにも気に食わない。
「ネルママ。至高神さまから啓示が……」
「ああ。判ってる」
そっとささやいてきたメイシャに頷く。
聖者の天賦をもつ彼女は、まれに至高神からのメッセージを受け取ることがある。
センスイービルと呼ばれる現象もそのひとつだ。
邪悪な心を持つ存在を察知することができるらしい。
他にもセンスラックといって、ここが勝負どころだというのが、ピンときたりするんだと。
俺と出会ったときもそうだったって、メイシャが言っていた。
ともあれ、至高神の啓示がなくたって判る。
あんなに若くて、しかもオドオドした娘が七人の男を率いるリーダーってことに不自然さを感じないとしたら、軍師なんかやめちまえってレベルだ。
「ただ、証拠が欲しいな。現時点では俺とメイシャの憶測だけだ」
「判りましたわ。なんにも気づいてないふりを続けましょう」
互いの耳にだけようやく聞こえる声での作戦会議である。
アスカは腹芸ができないので、作戦が始まってから動き方を伝えればいい。ミリアリアには、後ほどメイシャが耳打ちしてくれることになった。
「あの娘も助けなくてはいけませんわ。ネルママ」
ちらりと御者台のアニータを見る。
おそらく、というか疑いなく、七人の男どもに利用されているのだろう。
獲物をおびき寄せるエサとしてだけでなく、獣欲のはけ口としても。
「もちろん助けるさ。決まってるだろ」
女性がひどい目に遭わされているのを見過ごすほど、俺は人として腐ってはいないつもりである。
「さすがネルママ。そうおっしゃると思ってましたわ」
くすりと笑い、メイシャが俺のそばから離れ、ごく自然な動きでミリアリアに近づいていった。
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