第4話 ダメっ娘たち


 アスカたちのクランに入ることにしたのは、本音をいえば彼女たちが危なっかしかったからだ。

 もう、見ていられないほどに。


 協賛金の納付を忘れるなんて普通はあり得ないんだけど、そこはまあ良い。ちゃんと説明を聞いていなかったとか、そういうこともあるだろう。

 いや……ないかな。さすがに。


 ともあれ、問題はそこじゃなくて、三人が三人とも手持ちがなかったという点である。


 たしかに協賛金は安くないよ?

 俺がジェニファに手渡した金は、ぶっちゃけ名門クランの副長だから持ってたってレベルの金額だったし。


 けど、普通に考えたら、三人の手持ちをかき集めれば払えるはずなんだ。

 依頼二回分の報酬を山分けしてるんだから。


「ちなみに、いまいくら持ってるんだ? 申告してみろ。まずアスカから」

「……銀貨二枚」


「お前、今日の晩飯どうするつもりだったの? つぎミリアリア」

「金貨一枚です」


「かなり微妙だけど、まあアスカよりはマシか。最後はメイシャ」

「…………」


 なんとこの聖職者は、財布を逆さまにして振って見せた。

 銅貨の一枚も落ちてこない。


「何に使ったんだよ……」

「教会への寄進と食べ歩きですわ」


 うん。前者は良いよ? 僧侶だもんね。教会に寄進くらいするでしょうよ。

 わっかんないのは食べ歩きだよ! もう、どっから突っ込んで良いのか判らないくらい意味不明だよ!


「教会に寄付した以外の金って、全部飲食代に消えちゃったのか? もしかして」

「ステーキが焼ける美味しそうな匂いがしたら、ライオネルさんだって食べるでしょう?」

「そりゃあ匂いに釣られてメシ屋に入ることはあるけれども! 限度ってモノがあるだろうが!」

「世の中は肉ですわ」


 ダメだこの聖職者。はやくなんとかしないと。


 とにかく、こいつらが今日ギルドにいたのは、除名処分の予告状が届いたからではない。

 ただ単に金がなくなったので、新しい依頼を探しにきただけである。


 驚愕だよ。

 このタイミングで金欠になってなかったら、予告状が届いたのも気づかないで、そのまま除名されていたんだろうなぁ。


「私が一番マシですね。まだ金貨が残ってます」


 ふふーんとミリアリアが、あんまり凹凸のない胸を反らした。

 マシってあんた。ぶっちゃけ五十歩百歩とか、目くそ鼻くそを笑うってレベルの差だよ?

 金貨一枚で何ができるんだよ。俺たち四人で晩飯食ったらきれいさっぱりなくなっちまうだろうが。


「はぁぁぁ……とにかく仕事しないとやばいってことは判ったよ」


 深く深く俺はため息をついた。


 冒険者の中にはさ、金はあるだけぱーっと使う、宵越しの金なんか持たないって主義のやつもいる。

 危険をともなう職業だからな。


 モンスターとの戦いで命を落とすかもしれない。遺跡で罠にかかって死んでしまうかもしれない。

 だから貯め込んだって仕方ない。生きてるうちに楽しもうぜって考える連中だ。


 判らなくはない。

 俺は逆で、不測の事態に備えてちまちまと貯めてたクチだけど、彼らの気持ちも理解できる。


 で、アスカたちはどうやらそっち側の人間らしい。困ったことに。

 大金を手にして浮かれてしまったって側面もあるかもしれないけどな。






 金を稼がなくてはならない。

 かなり喫緊の案件だ。四人の所持金をすべて足しても、数日後には飢えてしまうのだから。


「ジェニファ。討伐モノの依頼で緊急性があるやつはないか?」

「ハイデン農園が頻繁にゴブリンに襲われていますね。依頼の出たタイミングを考えると、そろそろ家畜だけではなく人間に被害が及んでいても不思議じゃない感じです」

「わかった。それを受ける」


 間髪入れずに受領する。

 このあたりは気心の知れた者同士のやりとりだ。彼女がまだ新人だった数年前からの付き合いだもの。

 俺の特性も能力も、しっかり把握してくれているから、最適な仕事を紹介してくれるのだ。


 すっと差し出された書類に受領者名を『金糸蝶』と書こうとして手を止め、俺は三人娘の方を見る。


「俺たちのクランってなんて名前なんだ?」

希望ホープだよ。期待の新人ホープにも引っかけてね」

 アスカが応えてくれた。

 なかなか気宇壮大な名前である。


 あと、いまは結成一ヶ月だから良いだろうけど、三年後五年後ってなったら期待の新人って意味のホープだと、大変にお寒いことになってしまう。

 おそらくというか疑いなく、なんにも考えてないだろうけどね。この娘たちは。


 そして依頼を受けた俺たち四人は、間を置かずにハイデン農園へと向かった。


 たかがゴブリン相手に大仰な準備をする必要はないし、そもそも準備を整える金もない。

 さらに農園の人たちも心配だ。


 人的な被害は言うに及ばず、家畜を殺されたり食われたりするのだって大損害なのである。

 できれば被害が出るより前に片を付けてしまいたい。


 そうして歩くことしばし。

 ガイリアの街を出て、二刻(四時間)ほどで農園へとたどり着く。

 アスカだけでなくミリアリアもメイシャも健脚で、途中に二度ほど小休止を取っただけで弱音を吐くこともなかった。


 陽はすっかり傾き、もうまもなく宵闇が世界を支配するという時刻である。


「おっと。ナイスタイミングというべきか。あちこちから気配がするな」


 ふ、と俺は小さく笑う。

 農場主に会うより先にゴブリンと遭遇してしまったようだ。

 ついている。


「アスカ、ミリアリア、メイシャ。きみたちは普段通りに戦ってみてくれ。特性を見ながら指示を出すから」

『はい!』


 元気に応え、まずはロングソードを右手に構えたアスカが飛び出した。


 ええ!?

 いきなり猪突すんの!?


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