第18話 空っぽだった。。

 もう少しで王宮の上空、というところで後ろからドン! とはがいじめにされるように抱きつかれ、あたしはそのまま手前の公園に落ちた。


「落ち着け! レティ!」


 地面にぶつかる寸前で身体が浮き上がる。あたしを抱きしめそのまま落下したカイヤが地面すれすれで浮遊し、そのままストンと地面に着地したらしい。


「そんな格好で王宮に突入してみろ、お前はそのまま人類の敵に認定されるぞ! そんなことくらい考えろこの馬鹿!」


「だって、だって、悔しかったんだもん! あたし、悔しくって悲しくて、もうどうなってもいいって……」


 あたしはカイヤの胸でわんわんと泣いた。泣いて泣いて涙が枯れるまで泣いて。それでやっと少し落ち着いた。


 カイヤはあたしの頭をそのにくきゅうの手のひらで撫でて。


「ああ、わかるよ……。悔しかったんだな……。わかるから……」


 そう囁いて頬擦りして。


 あたしの涙をぺろっと舐めてくれた。


「ごめんね、カイヤ……」


 あたし、こんなにも悔しかったんだな。今更ながらそう思って。


 と、いうか、元のレティーナだったらこんなにも感情が強くおもてに出てこなかった。


 ううん。そこまで強い感情なんてあたしの中には無いと思ってた。




 大聖女様に拾われた時のあたしは空っぽだった。


 空腹でボロボロな服を纏い街を徘徊し食べ物を漁る。孤児院での食事は少なく、周りの皆がそうしているからあたしもそうしているだけ、何も考えては居なかった。


 ふらふらと歩くあたしを汚いものでも見るように避けて通る街の人。野良猫のようなあたしはあっちへいけと追い払われたり時にはいきなり叩かれたり水をかけられたり。いろいろと理不尽な目にもあったような気がするけれどそれでもそれを悔しいとも悲しいとも思うだけの感情はあたしの中にはなかったのだ。


 そんなあたしを拾ってくれた大聖女様。


 暖かいお部屋。温かい食事。


 そこで初めてあたしは愛と言うものを与えられ。人らしくなったんだと思う。




 それでも。


 大聖女様がお亡くなりになった時も、聖女宮を追い出された時も、あたしの中には諦めしか無かった。


 ここまで吐き出すような強い感情は、無かったって、そう思ってたのに……。




「ごめんね。ありがとうねカイヤ。ちょっと落ち着いたよ……」


 あたしはそうカイヤに頬擦りして。


「良かった……。レティ……」


 優しい瞳でそうあたしの事を見つめるカイヤ。


 ありがとうね大好きだよ。カイヤ。



 うん。ほんとうに。





「ちょっと目立ちすぎちゃったかな? あたし。こんな格好で空を飛んじゃって」


「まあ一瞬だったしな。大丈夫だ思うけれど」


 と、今更ながら自分の軽率さを反省していた時だった。


 空の色が急激に黒に変わる。


 暗雲? じゃない!


 暗黒!


 そんな漆黒の霧が聖都の空を覆って。



 《魔王様を返せ!》


 《魔王様は何処だ!》


 そんな心の底に響くようなおどろおどろしい声が、上空から聞こえた。

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