第2話 聖魔法。

 シクシク、シクシク……。


 ん?


 なんか誰かが泣いてるような?


 小さい泣き声が途切れ途切れに漏れてくる。


 ヒック、うっく……。


 そんな声。


 何処からだろうと耳を澄まし、そのままゆっくりと起き上がったあたし。月はまだ真上にあった。もう時間にしたらかなり遅い時間かな。


 真夜中って言ってもいいかもしれない。




 こんな神秘的なみずうみで人の泣き声。それもどうやら女性?


 幽霊かなとか、ちょっと怖い。


 見える範囲ではそんな、人の気配はわからないんだけどな。そうも思ってもう一回耳を澄ましてみる、と。


 泣き声がするのはどう考えてもこの湖の中? そうとしか思えない方向な気がして。


 でも流石に水の中からは声って聞こえないよねと思い返して。やっぱり幽霊?


 カイヤはまだ寝てる。丸まってもふもふで可愛いけどせっかく寝てるんだからって起こさないようにゆっくり起き上がった。


 岩場の下に降りてみると、水面に少し色が濃くなってる部分があるような気がする?


 ってもしかしてこれって……。


 あたしはそのまま両手に力を込める。レイスのゲートからマナを魔力に変換して取り出し、ゆっくりと放出。


 そのままその水面そのものを浄化する。あたしの聖魔法ならもしかしてこの毒素を浄化できるんじゃ無いかって、そんな気がして。





 人を人たらしめるもの。


 それがレイスだっていうのはこの世界では常識みたいなものだ。


 世界の外側に満ちた神の氣マナ。そんなマナの泡。それがレイス


 人は産まれ出づる時に世界の円環、マナの浄化の円環から産まれた泡、レイスを宿す。


 そして死ぬときにはそのレイスはまたその円環に還るのだ。


 一生分の人生がそこで浄化され。そしてまた一つの泡となって産まれ出づる。それってすごく素敵じゃない?


 あたしはそんな人の一生って好き。


 そして。


 レイスっていうのは自分の内なる世界。心。そう言い換えてもいいかもなんだけど。


 その奥底にずーっと潜っていくと、出口みたいのがあるの。


 それがレイスゲート


 人は、そのレイスのゲートから内なるマナを放出し力を得る。これが魔力。マギア。


 その魔力で何かを成すことを、成す方法のことを魔法って呼ぶんだよね。


 その魔法のうち、あたしたち聖女が得意とするのが聖魔法。こういった毒素なんかを浄化したり、怪我や病気を治したり。


 あたし自身はあんまりそういうことに魔力を使って無かったから上手くできるか心配だけど、それでも多分ね? やらないよりマシ!




 水面がだんだんとエメラルドグリーンの光に満ちて。


 その黒くなっていた部分が消えた所で手を止めた。うん。上手くいったかな?


 もうお水ごと全部聖なる氣で満ちちゃった気もするけど気のせい、だよね?


 ——あーあレティーナ。ちょっとやりすぎだよ? これじゃぁこの湖のお水が全部変質しちゃってるよ。


 え? どういうことカイヤ。


 ごそごそっと起きて来たカイヤに背後からそう声をかけられた。


 って言ってもカイヤのは念話。声に出してるわけじゃないけどね?


 ——見たところこの湖の少なくとも表面はすべて命の水ポーションに変わっちゃってるんじゃないかな。


 えー! どうして?


 ——君は自分の力を過小評価し過ぎだよ。幼い頃から今までずっとこの聖都中を守護して来たんだよ? その必要が無くなった今ならかなり加減しないとこんなことになっちゃうんじゃない?


 はうあう。


 じゃぁ。この聖なる氣が満ちてるのは気のせいじゃ無いって事、かな?


 ——まあね。しょうがないさ。




 あたり一帯の水面が全て命の水になっちゃったなんて。どうしよう。周りの生き物に悪影響とかないかな? 


 心配だ。



 あたしがそう心配して水面を眺めていると、そのみなもにぶくぶく、ぶくぶく、と、泡が立ち始めた。


 それは瞬く間に大きな渦となり、そして。


 ざばんと水しぶきとともに首をもたげ現れたのは頭だけでもあたしの身長以上はあろうかという巨大な龍だった。

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