猫ばっかり構ってるからと宮廷を追放された聖女のあたし。聖都に魔物や魔獣が増えて困ってるからって戻ってきてと言われてももう遅いのです。守護結界用の魔力はもう別のところで使ってます!
友坂 悠
第1話 追い出されました。
「もう。貴女は。日がな一日お部屋に篭って猫を構ってばっかり!」
いきなりあたしの部屋に現れた聖女長さま。今日はいつにも増して怒ってる?
「聖女のお仕事をする気が無いのならこの聖女宮を出て行きなさい!」
って、そう怒鳴られた。
「え、ちょっと待ってください聖女長さま。あたし、ここを出ても行く所なんてありません……」
そんな。ここを追い出されても困る。身寄りだって居ないのに。
「貴女を贔屓してきた先代の大聖女さまはもう居ないのですよ! いつまでもそんな黒猫を構ってばっかりで仕事もしない人間は要りません! さあ。荷物をまとめて今日中に出て行きなさい!」
だって……。
そう言いかけてやめた。
あたしのこの力を内緒にしておくのは大聖女さまとの約束。
こんな力があるなんて知れたら逆に命を狙われるかも知れないからって。あたしの事を思ってそう言ってくれた優しい大聖女さま。
孤児だったあたしはその力を見出され、保護された。
この国では聖女は特別な意味を持つ。
陛下の庇護のもと、宮廷の中にある聖女宮で暮らす聖女は百人を越す。
あたしもそんな聖女宮でこの子、聖獣カイヤと一緒にまったり過ごしていたのだった。
あ、もちろん遊んでいただけじゃ、ないの。
カイヤの中にある魔法結晶。そこに祈りを込める事でこの聖都全体を守護する結界魔法を張る。
それがあたしがやってきた事。
大聖女さまに見いだされたあたしの力なのだ。
まあね。はたから見たら毎日猫と遊んでるだけにしか見えないよね。
大声で怒鳴ってそのままドアをバタンと閉め去っていった聖女長さま。
「ねえ、どうしようかカイヤ」
あたしはカイヤの頭を撫でて。これからどうしようかと思案にくれた。
☆☆☆
その1。お仕事しますなんでもしますから置いてくださいと聖女長さまに泣き落とし。
その2。今までやってきた事、この聖都を護って来たことを話してみる。
その3。諦めて荷物を纏めて部屋を出る。
その1は……。
たぶんダメ。あの聖女長さまは大聖女さまがいる時からあたしの事を目の敵にしてたもの。
贔屓されてるって散々嫌味を言われたし、それに。
猫が嫌いなのだ彼女は。
あたしが泣き落としをかけた所でこのカイヤを捨ててこいだの言われそう。それは流石にちょっと嫌。
その2、は……。
うん。
たぶん信じて貰えない。
だって、あたしみたいなのがそんなことしてたって、そんなのきっと誰にも信じて貰えないよね。証拠って言われたって見せることのできるものじゃないもの。
それに。
命を狙われるって散々大聖女さまに脅されて来たのだ。それも怖いの。
だとしたら……。
しょうがないよねカイヤ。あなたとふたり、なんとか暮らしていける所を探そう。
きっと市井の教会とかなら聖女一人くらい雇ってくれないかな。うん。頼み込んでみようね。
——ああ。レティーナ。君と一緒ならきっと何処でも楽しいよ。
うふふ。そう言ってくれて嬉しいわカイヤ。ありがとうね。
あたしはなんとかそのまま夕方までに荷物をまとめて。カイヤを抱いてこの聖女宮を後にした。
荷物と言ってもそんなにたくさん私物があるわけでもない。
必要なものだけ自分の
呼び止めるものも特に居なかった。寂しいなってちょっと思ったけれどしょうがない。あたしに近づいてくる奇特な人はこの聖女宮には居なかったしね。
この世界は風船の膜のようなものだ、とは、大聖女さまのお言葉。
あたしたちはその膜の上にいるほつれ。
その風船の外側にあるものがマナ。中を満たしているのが魔。どちらも神の氣、エーテルだ。
そんなマナが結晶化したものが魔法結晶。聖なる力がそこに込められている。
逆に魔が結晶化したものが魔石。魔力は篭っているんだけど生物には悪影響があったりする。
魔石を宿した生き物は、その魔力が暴走すると魔獣となる。
風船の裏側の世界、いわゆる魔界からこちらの世界に滲み出した魔が生き物を魔獣に変えてしまうのだ。
この脅威から人々を守るのが聖女といわれる存在で。特に先代の大聖女さまは長年そうしてこの国を魔から護って来たのだった。
あたしもそんな大聖女さまのお力になれたらいいなって、そう思ってずっと魔法結晶に祈りを捧げて来た。
そう。このカイヤ。
一見ただの黒猫にしか見えないこの子の身体の中にはマナが結晶化した魔法結晶が埋まってる。
ん?
それって魔獣とどう違うのかって?
それはもう大違いだよ。
魔法結晶は純粋な神の氣の結晶体だからね。そこに祈りを込めることでその聖なる力を何倍にも増幅してくれる効果があるの。
だから。
魔法結晶を宿した生き物は聖獣となる。
カイヤは賢いよ。あたしの話し相手にもなってくれるもの。
☆☆☆
「あーダメダメ。あんた御触書回って来てるよ。とにかくね、俺らだって王宮に逆らっておまんま食い上げになるのはごめんだね。さあ、いつまでもそこにいられたら邪魔なんだよ。さっさとお帰り」
バタン。
いろいろ回った挙句に最後にたどり着いた下町の薄汚い宿屋でも、あたしはそう門前払いを食らってしまった。
うきゅう。
そこまでしてあたしが嫌いだったのかなあの聖女長。
ううん、彼女だけじゃない、か。
きっと現大聖女さまもあたしの事嫌いだったのかも。
みんなしてあたしが前の大聖女さまに贔屓されてる贔屓されてるってそんなことばっかりだったもの。
どうしようかなぁ。
このままじゃ泊まるところも無いよ……。
お金もそんなに持ってないし、このままだと……。
とぼとぼと歩いて。
あたしはそのまま街を出て森に向かった。
ポタポタと雨が降って来た。なんだかすごく悲しくて。情けなくて。
孤児だった頃でもまだ屋根のある所で寝られたなぁ。そんなこと思いながら森に分け入っていった。
なんとか濡れない場所、探して彷徨った。
☆☆☆
たどり着いた場所は深いエメラルドグリーンの
樹々の隙間にポッカリと開いたそんな神秘的な場所だった。
綺麗……。
情けなくて悲しくてそんな気持ちが、なんだか晴れていくような。
心の奥まで透き通っていくような。
そんな。
そんな感動? に、包まれたあたし。
岸辺の岩の上に腰掛け、しばらくその湖を観ていた。
いつのまにか雨が止み、空にはぽっかりとまあるい月が昇っていた。
そんな明るい月明かりがまるで降っているかのようにキラキラと輝いて。
あたしはそのままその岩場の上で横になり、カイヤを抱いて眠ってしまった。もふもふで温かいカイヤが気持ちよかった。
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